カフェ・ハデス

4/4
前へ
/4ページ
次へ
「いらっしゃいま、せ……」  入り口にはオーナーが立っていた。そして、後ろにはストレートロングヘアの女性が立っている。少し垂れた大きな瞳に真っ赤な口紅。その顔を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。  ──彼女は……  彼女から目が離せなくなった俺に、オーナーが話しかけた。オーナーの目が紅く煌めく。 「田中くん、彼女は田中祥子さん。その様子だと、思い出したかな? 君の奥さんだった人だよ」 「……あ、……はい」  緊張で、喉からは掠れた声しか出てこない。 「カズ君?」  オーナーの後ろにいた女性 ─ 祥子 ─ が一歩前へ進み出る。  俺の顔を見た祥子は、大きな瞳をさらに大きく見開き、口元に手を当てた。その手が僅かに震えている。 「こんなところでカズ君に会えるなんて……」  その瞳に涙が浮かんできた。 「会えて嬉しいわ!」  祥子は可愛らしい微笑みを浮かべながら近づき、両手で包み込むように俺の手を握った。 「あ……あぁ、俺も……ずっと待っていたよ」  俺はぎこちなく口角を上げる。そんな俺のひきつった笑顔を気に止めることなく、祥子は話し続けた。 「私ね、お腹が空いちゃったの! 久しぶりにカズ君のごはんが食べたいわ!」 「あぁ……わかったよ」  祥子の後ろに立つオーナーに目をやると、いつも通りの紳士的な笑みを浮かべながら口を開いた。 「田中くん、折角だから個室にご案内したらどうだい? 積もる話もあるだろう」 「はい……ありがとうございます」  オーナーの瞳が炎のように紅い。先程より、煌めきが強くなっている。  ──そういうことか……。中村さんが待っていた人は、きっと娘さんではない。 「祥子、こっちだよ」  俺は祥子を個室に案内しながら、胸の鼓動を落ち着かせるのに必死だった。  ──ここにいる従業員は誰かを待っている……  ──待っているのは、憎くて憎くて堪らない人…… 「あぁ、やっと……やっとだ」  俺は口の中で小さく呟いた。  ──今度こそ彼女を消す  俺は微笑みながら祥子に告げた。 「祥子、お前が今から食べるモノは、お前の人生そのものなんだよ」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加