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「いらっしゃいま、せ……」
入り口にはオーナーが立っていた。そして、後ろにはストレートロングヘアの女性が立っている。少し垂れた大きな瞳に真っ赤な口紅。その顔を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
──彼女は……
彼女から目が離せなくなった俺に、オーナーが話しかけた。オーナーの目が紅く煌めく。
「田中くん、彼女は田中祥子さん。その様子だと、思い出したかな? 君の奥さんだった人だよ」
「……あ、……はい」
緊張で、喉からは掠れた声しか出てこない。
「カズ君?」
オーナーの後ろにいた女性 ─ 祥子 ─ が一歩前へ進み出る。
俺の顔を見た祥子は、大きな瞳をさらに大きく見開き、口元に手を当てた。その手が僅かに震えている。
「こんなところでカズ君に会えるなんて……」
その瞳に涙が浮かんできた。
「会えて嬉しいわ!」
祥子は可愛らしい微笑みを浮かべながら近づき、両手で包み込むように俺の手を握った。
「あ……あぁ、俺も……ずっと待っていたよ」
俺はぎこちなく口角を上げる。そんな俺のひきつった笑顔を気に止めることなく、祥子は話し続けた。
「私ね、お腹が空いちゃったの! 久しぶりにカズ君のごはんが食べたいわ!」
「あぁ……わかったよ」
祥子の後ろに立つオーナーに目をやると、いつも通りの紳士的な笑みを浮かべながら口を開いた。
「田中くん、折角だから個室にご案内したらどうだい? 積もる話もあるだろう」
「はい……ありがとうございます」
オーナーの瞳が炎のように紅い。先程より、煌めきが強くなっている。
──そういうことか……。中村さんが待っていた人は、きっと娘さんではない。
「祥子、こっちだよ」
俺は祥子を個室に案内しながら、胸の鼓動を落ち着かせるのに必死だった。
──ここにいる従業員は誰かを待っている……
──待っているのは、憎くて憎くて堪らない人……
「あぁ、やっと……やっとだ」
俺は口の中で小さく呟いた。
──今度こそ彼女を消す
俺は微笑みながら祥子に告げた。
「祥子、お前が今から食べるモノは、お前の人生そのものなんだよ」
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