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23. ゲンカンと呼んで
ハミルは第二王子が廊下にいるような気がしたけれど、気のせいだったようである。そうだよね、彼がそこにいるわけがない。
「エヴァンネリ、少し休もうよ。お茶にしようか」
「うん。でも、ハミル、わたしを玄関と呼んで」
「エヴァのほうがずっとかわいいと思うけど」
「ジャミルがね、ゲンカンはかわいい名前だと言ってくれたんだよ」
玄関が顔を赤らめた。
「ジャミルには会ったの?」
「うん。村の市場で、飴細工をしていた。でも、幼馴染だなんて、知らなかった。初めて会った人なのかと思っていた」
「そうか、ジャミルはエヴァ、いやゲンカンを探せたんだ。その村はここからどのくらいの所にあるの?」
「隣りの国の東の果てだから、わたしがここに着くまでに3か月もかかった」
そんな遠くまで、3歳のジャミルは行ったんだとハミルは驚いた。
「ジャミルはよくがんばったんだなぁ」
ハミルは涙ぐみそうになった。
「ジャミルはゲンカンのためなら、どんなことでもするんだなぁ」
「でも、1年前に急にいなくなってしまって、何があったのか、とても心配」
「だから、追いかけてきのたかい」
「うん」
「ぼくも会いたい。ルシアンに相談してみようか」
「ルシアンはハミルのためなら、何でもしてくれるんだね」
「うん」
ハミルが下を向いて暗い顔をした。
「工房には、育ててくれたお母さんみたいな人がいて、そのアーニャがいつかわたしを訪ねてくれるって約束してくれたの。その時、名前がエヴァンネリじゃ、わたしを見つけられないもの」
「そうか、エヴァ、じゃなくて、ゲンカンにはお母さんみたいな人がいたのか」
「そうだよ。とっても優しい人だったよ」
よかったね、とハミルはまたぽんぽんしてから、お茶をいれてくれた。
「とてもいい香り」
玄関は茶碗を両手で包んで、フーフーをした。
「こういうお茶は、飲んだことない」
「遠い東洋の国のお茶で、霧のかかる山のてっぺんのほうで、少しだけできるらしい。ルシアンはそういうことに、詳しいんだよ。なんでも、手にいれる」
「わたしは生姜湯というのを知っている。蜂蜜をいれて、お風呂の後で飲むのよ。超おいしい」
「おいしそうだね。今度、作らせようかな」
ハミルがそう言うと、玄関がはははと笑った。
「何かおかしいこと言った?」
「うん。作らせようかだって。ハミルはすっかり上流の人になっちゃってる。昔は何でも、自分でやったのに」
「ほんとだ」
とハミルが落ち込んだ表情をした。
「ハミルはキーンと音が聞こえるほど冷たい飲み物って、知ってる?」
「冷たすぎて、頭がキーンとするという意味だね」
「たぶん」
「そうだ、明日、赤いベリーのジュースを作らせよう、じゃなくて、ぼくが作るよ。氷をいれて冷たくして飲もう。そのキーンが聞こえるよ」
「氷って」
「水が凍ったものだよ。遠くの山から運ばれてきて、ここの氷室にいつもあるんだ」
「ぜいたくな暮らしをしているね、ハミルは」
「うん」
とハミルが下を向いた。
「ハミルは、幸せ?」
「幸せって、思わなければならないんだろうね」
「そういう感じなんだ」
と玄関が唇を曲げた。
「このオリーブの木、あまり元気がないみたい」
玄関が外に目を逸らして言った。
夜でも庭には所々に火がたかれ、幻想的な雰囲気の中に、オリーブの木が立っていた。
「そうなんだよ。庭の世話係がいたんだけれど、腰痛で来られなくなったんだ」
「わたし、木が大好きなおじさんを知っているよ。宮廷の門番をしているマルキおじさん、とても信用がおけて、親切な人。頼んでみたらどうかな」
「それはいい考えだね」
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