23. ゲンカンと呼んで

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/51ページ

23. ゲンカンと呼んで

   ハミルは第二王子が廊下にいるような気がしたけれど、気のせいだったようである。そうだよね、彼がそこにいるわけがない。 「エヴァンネリ、少し休もうよ。お茶にしようか」 「うん。でも、ハミル、わたしを玄関と呼んで」 「エヴァのほうがずっとかわいいと思うけど」 「ジャミルがね、ゲンカンはかわいい名前だと言ってくれたんだよ」  玄関が顔を赤らめた。 「ジャミルには会ったの?」 「うん。村の市場で、飴細工をしていた。でも、幼馴染だなんて、知らなかった。初めて会った人なのかと思っていた」 「そうか、ジャミルはエヴァ、いやゲンカンを探せたんだ。その村はここからどのくらいの所にあるの?」 「隣りの国の東の果てだから、わたしがここに着くまでに3か月もかかった」   そんな遠くまで、3歳のジャミルは行ったんだとハミルは驚いた。 「ジャミルはよくがんばったんだなぁ」  ハミルは涙ぐみそうになった。 「ジャミルはゲンカンのためなら、どんなことでもするんだなぁ」 「でも、1年前に急にいなくなってしまって、何があったのか、とても心配」 「だから、追いかけてきのたかい」 「うん」 「ぼくも会いたい。ルシアンに相談してみようか」 「ルシアンはハミルのためなら、何でもしてくれるんだね」 「うん」  ハミルが下を向いて暗い顔をした。 「工房には、育ててくれたお母さんみたいな人がいて、そのアーニャがいつかわたしを訪ねてくれるって約束してくれたの。その時、名前がエヴァンネリじゃ、わたしを見つけられないもの」 「そうか、エヴァ、じゃなくて、ゲンカンにはお母さんみたいな人がいたのか」 「そうだよ。とっても優しい人だったよ」  よかったね、とハミルはまたぽんぽんしてから、お茶をいれてくれた。 「とてもいい香り」  玄関は茶碗を両手で包んで、フーフーをした。 「こういうお茶は、飲んだことない」 「遠い東洋の国のお茶で、霧のかかる山のてっぺんのほうで、少しだけできるらしい。ルシアンはそういうことに、詳しいんだよ。なんでも、手にいれる」 「わたしは生姜湯というのを知っている。蜂蜜をいれて、お風呂の後で飲むのよ。超おいしい」 「おいしそうだね。今度、作らせようかな」  ハミルがそう言うと、玄関がはははと笑った。 「何かおかしいこと言った?」 「うん。作らせようかだって。ハミルはすっかり上流の人になっちゃってる。昔は何でも、自分でやったのに」 「ほんとだ」  とハミルが落ち込んだ表情をした。 「ハミルはキーンと音が聞こえるほど冷たい飲み物って、知ってる?」 「冷たすぎて、頭がキーンとするという意味だね」 「たぶん」 「そうだ、明日、赤いベリーのジュースを作らせよう、じゃなくて、ぼくが作るよ。氷をいれて冷たくして飲もう。そのキーンが聞こえるよ」 「氷って」 「水が凍ったものだよ。遠くの山から運ばれてきて、ここの氷室にいつもあるんだ」 「ぜいたくな暮らしをしているね、ハミルは」 「うん」  とハミルが下を向いた。 「ハミルは、幸せ?」 「幸せって、思わなければならないんだろうね」 「そういう感じなんだ」  と玄関が唇を曲げた。 「このオリーブの木、あまり元気がないみたい」  玄関が外に目を逸らして言った。  夜でも庭には所々に火がたかれ、幻想的な雰囲気の中に、オリーブの木が立っていた。 「そうなんだよ。庭の世話係がいたんだけれど、腰痛で来られなくなったんだ」 「わたし、木が大好きなおじさんを知っているよ。宮廷の門番をしているマルキおじさん、とても信用がおけて、親切な人。頼んでみたらどうかな」 「それはいい考えだね」
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!