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25. 恋という病気の治し方
ビオン先輩は3人を岩陰に連れて行き、首を伸ばして、何度もきょろきょろと周囲を伺って誰もいないことを確認した。
この島にはフクロウの風紀スパイがあちこちにいるから、恋の話をする時には気をつけなければならない。特に木の上には気をつけなくてはならないのだ。
何が始まるのだろうかと思うと、少年たちの胸がどきどきしてきた。わくわくするような、こわいような。
「そこに立ってみろ」
ビオン先輩はサナシスとハミルに、大きな石の上を指さした。
ふたりは言われるままに、石の上に立った。ハミルがバランスを崩しそうになったから、サナシスがその腕をぐっとつかまえた。
「あ、ありがとう」
とハミルが言うと、サナシスはそんなのいいからと、照れて首を振った。
「じゃ、向かいあってみろ。互いの目をよく見るんだ」
ビオン先輩が指示した。
サナシスは褐色の肌をした漁師で体格がよく、ウェーブのかかった茶色の髪に、愛嬌のある目をしていた。
ハミルは灰色の美しい目をしていて、肌は白く、澄ましたような鼻は形よくとんがっており、黒い長い髪が風に少し揺れていた。
「では、一つ目の方法だ。ふたりで手を握り合ってみろ」
ええっ。
「手を?」
「そうだ、やれ。病気を治したいんだろ」
ふたりは言われたとおりに、手を伸ばして、おそるおそる握手をした。
「今度は目を閉じて、手に神経を集中させるんだ」
目をあけて手をつなぐのと、目を閉じてつなぐのでは、こんなにも違うのか。不思議な感情が湧いてきて、ふたりとも内心、すごく驚いていた。
「どうだ」
とビオン先輩が訊いた。
「うん。なんだから、気分がいい。サナシスの手は大きくて、安心感がある」
とハミルが言った。
「ハミルの手はやわらかくて、赤ん坊の手のようだ」
とサナシスが言うと、ハミルが赤くなった。
サナシスが力をいれすぎたから、
「痛い」、
ハミルが手を離した。
ふたりはなんだかぼうっとして、途方に暮れているように見えたから、
「二番目の方法は何ですか」
そばの石に腰をかけていたジャミルが助け舟を出した。
「では、二番目に行くか。では、顔を近づけて、」
?
ふたりには意味がわからない。
ビオン先輩か両手をぱちんと叩いた。
「どういうことですか?」
ビオン先輩が、おまえらはそれもわからんのか、というように立ち上がり、そばまで行って、片手でその頭を掴んで、ふたりの顔をぐっと寄せた。
相手の肌がちょっと触れたから、ふたりはびくっとして、顔を離した。
「おまえら、臆病だなあ。だだのチュッじゃないか」
少年たちは心臓をばくばくさせながら、下を向いていた。
「それがキスというものだ。おまえら、子供だなぁ。まあ、いいさ。ゆっくりやるさ」
とビオン先輩が笑った。
「三つ目は何ですか」
ジャミルがまた助け舟を出した。
ジャミルは少し縮れた黒い髪が、山羊飼いの帽子の下から覗いていた。目は凛として、笑うと形のよい歯が見える。
「三つ目は服を脱いで、・・・いやいや、おまえ達にはまだ無理だ。チュッもできないのに、この先は無理だ」
「服を脱ぐって、何ですか」
ジャミルの声がうわずった。
「いや、ここでやめだ。おまえらはまだガキすぎる」
とビオン先輩が言った。
一瞬、風が止まった。
「おれたちには、ガキだよな」
少しの沈黙の後、サナシスが言った。
「うん。ガキでいいよ」
ハミルが真っ赤になっていた。
「おまえたち、まだあせらなくていい。短いガキの時代を楽しめ」
とビオン先輩が笑った。
ロングスの方法は、結局、実行できなかった。
3人の少年はうなだれながら、先輩の後について、船着き場まで行った。
「おれは結婚するからもう島には帰ってこないけど、おまえ達は元気で暮らせ」
「はい。ビオン先輩も、幸せに」
「しけた顔するなって。未来は明るくて、楽しいぜ」
ビオン先輩は3人の髪をくしゃくしゃにした。
少年たちは出ていく船を見送ってからも、しばらくはそこにいて海を眺めていた。
3人とも、なにかわからないが奇妙な、居心地の悪い、恥ずかしいような気持ちになって、言葉が出なくなっていた。なにか前よりも、混乱してしまった。
もうオリーブの種を飛ばす気持ちではなくなっていた。
「ぼくはそろそろ帰ることにする。エヴァの羊の赤ちゃんが生まれたかもしれないから」
とジャミルが去って行った。
サナシスとハミルは黙って、浜辺のほうに歩いていった。
☆
第二王子はドアの後ろに隠れて、ハミルと玄関の会話をずっと聞いていた。
ここまでの話を聞くと、彼はつま先たちをして、そっと立ち去った。
これで話がつながったと第二王子は思った。
あの事件の前に、こういう余話があったのか。
第二王子は絹のハンカチで涙をふきながら、自分の部屋に戻って行った。
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