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33. 女神アテナの怒り
島の大人たちはサナシス、ハミル、ジャミルの無罪を喜んだ。
彼らに親はいないけれど、島の誰もが子供たちの親なのだ。彼らはみんなに見守られて、貧しいけれど、純朴で親切な少年に育ったのだ。
島の大人たちは、年頃の少年が恋に目覚めるのは当然のことだと思っていた。あの風紀ルールには問題がある、とはわかっていても、この島は処女神アテナのものだし、女神は短気で、怒るとこわいから、誰も真向から意見を言うことができないのだった。
しかし、恋を知らない女神のアテナが作った迷ルールのせいで、3人の人生を台無しにされるところだった。フクロウに変えられずにすんで、本当によかった、やれやれと胸を撫で下ろした。
島民たちは、お祝いのパーティをすることにした。
エヴァンネリはまだ13歳だというのに、よくやった。前から賢い子だということは知ってはいたが、これほど賢いとは思わなかった。
法廷での堂々とした態度には、誇りを感じるほどだった。あの子は将来、島のリーダーになるかもしれないと口々に言った。
エブァンネリは島のスターだ。大人たちは、すっかり彼女のファンになってしまった。
島のおばさんたちはオリーブいりのパンを焼き、山羊のチーズ、ベリーのお菓子にジュース、おじさんたちはタコ、エビ、ホタテ、沖で大きなマグロを獲ってきた。
今夜はご馳走になりそうだ。
さて、遠いアテナイの神殿では、裁判のニュースを聞いた女神アテナが怒り狂って、壺を3個も叩き割った。
この裁判は難しい案件ではない。簡単に勝てるケースだった。
それなのに、なぜ負けたのだ。私は負けるのが何より嫌いだ。
難解な事件では自ら出向いて裁判長を務めるのだが、今回はあっさりとケリがつくと思ったので、島の裁判官に任せた。あれがまずかった。
あの3人の少年のことは知っている。特にハミルの笛は気にいっていて、アテナイに連れていったこともある。
みんな、いい子だった。しかし、多くの場合、子供時代はみんないい子なのだ。それが恋をすると、まずいことが起きる。
彼らには早熟のみだりがましい血が流れている。だから、孤児になったではないか。親と同じ運命をたどる、それが私の心配しているところなのだ。なぜそこがわからないのかと、女神アテナは悔しがった。
自分としては3人にはここで罰を与えてしばらくフクロウにしておいてから、その態度次第では執行猶予の恩恵を与えてもやってもよいとまで思っていたのに。
間抜けな裁判官めが、こんなことで無罪にしたら、他の子供たちへの示しがつかないではないか。少年少女がいちゃいちゃして、また孤児が増える。あの裁判長はクビだ。
アテナは裁判記録を読んだら、腹の中の火山が大爆発した。弁護人はどちらも、あのエヴァンネリだというではないか。あの子か。いよいよ才能の片りんを表し始めたということなのか。
アテナはむっとした顔で、机の引き出しから象牙の短刀を知り出した。そこには「エヴァンネリ」と彫ってある。
あの子には、自分と同じニオイを感じる。ここで叩き潰しておかないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。
女神はむかつきながら金の馬車で空を駆けて、オリーブの島にやって来た。
島の木々には「エヴァンネリ万歳」と書いた垂幕がかけられ、木々にはランタンがぶらさがり、お祝いムードでいっぱいだ。
ふん。
私がスパルタ軍に大勝利して島に凱旋した時でも、こんなに祝ってはくれなかったではないか。
女神は宮殿に着くと、さっそくエヴァンネリを呼びにやった。
白い大理石でできた女神の宮殿は海を臨んだ高台にあり、眼下にはオリーブの木が美しく輝いている。
いつもは心を和ませる景色だが、女神アテナにとっては、今は、この平和な様子さえしゃくにさわる。
エヴァンネリが部屋にはいってきた。思ったよりも、小さい。たかが子供ではないか。その子供は神殿は初めてなので、好奇心の目で、あちこちを眺めている。
「裁判では、勝ったそうだな。よき仕事をしたと聞いている」
と女神アテナが言った。
「ありがとうございます」
少女の声は落ち着いている。
「判決には満足か」
「はい」
「正しい判決が出たと思っているのか」
「はい」
「おまえは、フクロウの目はよいが、色彩や嗅覚が弱いということを知って、それを利用したのだな」
「利用したというのはよい響きではありませんが、弁護人としてその事実を知っているのは当然のことです」
「裁判というのは、真実を見つけるのが目的であろう」
女神が前かがみになった。
「いいえ」
と少女が答えた。
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