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34. 転生
「いいえ、だと」
女神アテナが赤い目をしてエヴァンネリを睨みつけた。
「真実を見つけるのは弁護人の仕事ではありません。真実を見つけるのは女神さまや裁判長の仕事です」
「では、弁護人の仕事は何か」
「嘘をつくことなく、依頼人の有利になる証拠を立証することです」
「おまえは裁判で嘘をついていないと言うのか」
「嘘はついていません」
「ジャミルの唇は、女が乱暴されたから噛んだと証言しているではないか。あの唇の血がジャムだと。ジャミルがそう言ったのか。おまえが嘘をついたのか」
「わたしはジャミルのことは、そういうことなのだろうと想像したのです。筋道を考えるのは弁護人の役目です」
「では、検察側の仕事は何か」
「嘘をつくことなく、被告人の不利な証拠を立証することです。検察はわたしの弁護を予測し、それに備えての証拠をそろえておかねばなりません。それができなかったら、彼らの準備不足でというものです。陪審員が検察側と弁護側の両方の意見を聞いて判断し、旗を揚げます。それを見て、何が真実なのかを判断なさるのは裁判長の仕事です。違いますか」
「女神の私に向かって、質問をするのか」
「人間には、質問をする権利はないのでしょうか」
「ああ言えばこう言う。おまえは私の力を知らないらしいな」
女神がふんと冷笑した。
「おまえは、私がゴルゴーン姉妹のメデューサを怪物の姿に変えたことを知らないのか。機織りのアラクネを蜘蛛に変えたことを知らないのか」
「それが、この裁判と何の関係があるのでしょうか」
「なんだと」
「女神はその力で、私を脅すつもりですか。私はルールにのって自分の仕事をしたまでのこと、何を恐れることがあるでしょうか」
「おまえは、俯瞰ということができない。全体の問題がわかっていないのだ。こういうことで簡単に無罪がでれば、島の子供たちの間ではますます風紀問題が起きて、島にまた孤児が増えることになる。その子供がまた孤児を産む。おまえはそこまで考えているか」
「恋を教えないというルールでしばりつけるだけでは、問題は解決いたしません」
「では、おまえなら、どうする?」
「きちんとした教育をし、図書館にもその関係の本を置きます。女神は人を好きなになる気持ちはおわかりにならないかも知れませんが、人を好きになるのは自然のことです」
「私は知恵の女神であるぞ。わからないことなど何もない」
「私は知識のことではなく、心のことを言っています」
「それが、女神に対する口の利き方か。おまえはまだ13歳だ。世の中のことも知らず、たいした経験もないのに、どうして人の心がわかるというのだ」
「わたしは経験はなくても、たくさんの本を読んでおります」
こう言えば、ああだ。
アテナは頭に血が上った。
女神はプライドが高く、慕ってくる者には限りない愛情を注ぐが、反抗する者には我慢ができず、制裁を加えるのだ。
「この女神アテナの力を見せてやらねばならぬようだな。私には呪いをかける力があるのだ」
女神は立ち上がって少女を指さし、叫んだ。
「赤子になって東の果てに飛んで行け。次の13年間、教育を受けられず、本も与えられず、無教養な者たちの間で暮らすがよい」
そのとたん、エヴァンネリは赤子になって、大砲の玉のように、空のかなたに飛ばされていった。
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