麻生孝也*第48話*ヒーローが来たから

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麻生孝也*第48話*ヒーローが来たから

 大雅はスピードを緩めることなく、そのまま体当たりしそうな勢いで喫煙室の扉を開けた。  俺もすぐに追い付く。壁についた手が振動を受け止めると、ガラスの奥で二つの反応が見えた。  そして扉が閉じきる前に、大雅に続いて俺も室内へと滑り込む。 「成海さ――」  既に成海さんは大雅の腕の中にいた。 「な、なななんだよ、おおおお前ら!」 「…………」  大雅は黙ったまま。背中越しに伝わってくる気迫から察して、恐らく鋭い眼光を男に送っているのだろう。  男は怯みながらも虚勢を張っているようだが、頑張っておまけをしてあげても、ライオンを前にしたハリネズミくらいにしか見えない。   「……麻生、頼む」  大雅は肩を抱いていた手を下ろすと、男から目を背けずに俺へ成海さんを預けた。 「成海さん……!」 「麻生くん……」  俺は成海さんを背後へ送った後、振り返って目線を合わせるため腰を屈めた。それから込み上げてくる沢山の気持ちを抑えつけ、俺は成海さんにそっと声を掛けた。 「ごめんね、怖かったね」  成海さんは首を横に振る。その仕草だけで、成海さんの瞳から涙が零れそうだった。けど俺の後ろを見やり、健気に大雅を心配する。  俺はまた溢れそうになる感情に手を焼いた。でも。 「大丈夫。だって大雅は」  君のヒーローだろ? 「手をあげたりなんかしないよ、優しっからさ。俺もいるし、もしあっちから来られても余裕で押さえられるから。それよりも成海さんは、何もされていない……?」  顔色を窺うように覗き込みながらゆっくり訊くと、うんうんと成海さんは頷いた。  押し黙らなかったから本当だろう。でも安堵と同時に、俺も似たようなことをしただろって自分が嫌になった。  本当、大雅とは大違いだな……。 「ほら、みんなも来たよ。大雅も大丈夫だから、少し外で待っていてくれる?」  有難いタイミングで扉が開くと、店長と蒼白させた顔で花守が入ってきた。 「お前は入っちゃ駄目だろ……。成海さんをここから出してやって」  震える背中に少し触れて、少しだけ押す。そうすると成海さんは、何かを訴え掛けるように俺を見た。  大雅が心配なんだね。  そう受け止めるように俺が微笑んでみせると、成海さんは弱々しく口を動かしてごめんねと言った。  そんな消え入りそうな声を残し、成海さんは花守に連れられて扉の向こうへと出て行く。 「ケッ!」  うわ。出たそれ。  ずっと気に食わなかったけど、今聞くと余計に癇に障って仕方がない。  そうして俺が眉間に縦皺を寄せた時、大雅が何もして来ないと踏んだのか、男は悪態を吐き始めた。 「一人相手に寄って集って、お前ら卑怯者だなあ!?」  それを聞いた瞬間、俺は怒りで頭が沸騰したみたいになった。俺は男に近付いて腕を組む。  さあ、どうしてくれようか――!  でも俺の出番なんて要らなかったみたいだ。  バンッ!! と、大雅が大きな音を立てた。大雅は男を挟むように、壁とテーブルに両手をつくと言い放つ。 「あの子に、二度と近付かないでください!」  大雅の迫力に、男は堪らず「ひっ」と声をあげる。 「次また近付くようなことがあったら、俺……」 「な、なんだよ!?」  俯いて小刻みに肩を震わせる大雅へ、律儀に訊ねてしまう男。  大雅は、ぎゅんっと勢いよく男に顔を寄せて口を開いた。 「俺っ、感情隠すの下手みたいなんでっ、今度は何するかわかりませんっ!」  俺は組んでいた腕を解いた。眉間の皺も、もうない。  負けだよ、お前。……で、俺も負け。  男はその場で白旗宣言。決してへりくだることはなかったけど、悔しそうな表情で「ケッ」と吠えた後、足に力が入らなくなったのだろうか。へたりとその場に座り込んだ。
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