麻生孝也*第52話*パス

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麻生孝也*第52話*パス

「麻生くんそれって」  言葉を詰まらせる成海さん。きっともう、わかっているんだ。 「じゃあ俺、帰るな。いっぱいごめん……」 「おい待てよっ。いいのか!?」  遠くから噛み付いてきた大雅に、むしろ俺から近付いて肩を組む。そしてさっき大雅が成海さんを守った時のように、引き寄せてみせた。  俺は大雅の耳元に囁く。 「成海さん気付いてるぜ? お前がレイくんだってこと」  大雅の心臓が飛び跳ねたのがわかった。  なんだよ、ははっ。大雅も緊張すんだな。  そう思ったら妙に安心した。応援する気持ちが湧いてくるじゃんかって思った。  俺は大雅から離れて、帰り道へと歩幅を移動させた。  だけど足が、足を留める。  最後に一つ。気になっていたことを振り返らずに訊いてみた。 「てか、大雅よ。なんで放課後だけ来んだよ?」  可笑しくて。すげー可笑しくて。肩を笑わせながら言った。 「悪い」  そんだけかよ。けど、()()か。うん、それくらいでいい。 「別にいいけどさ……。でも早く風邪治して学校にも来いよ? 俺、寂しっからさ」 「ああ」 「キス、勝手にごめんな」 「それは俺に言うことじゃない」 「ありがとう……。そんじゃあ頑張れ。楽しみにしてる」 「麻生、お前」  俺は足を止めない。 「麻生くん、私」  なのに、香りが俺を掴もうとする。だから慌てて足を速めた。 「ごめん。行くね」  ごめんね成海さん。まるで逃げてるみたいだよな。でもあながち間違いでは―― 「だめだ、成海さん」  足が止まっちまった。俺が呼び止められたわけでもないというのに。  俺はまた前へいそいそと両足を運んだ。すると途絶えた香りの代わりに、冷たい風が俺の背中をなじってきた。 「麻生くんっ、それでも私は……!」  だけど一瞬。一回だけ、成海さんの香りが俺のところまで会いに来た。 「ううん……っ。麻生くんどうもありがとう!」  とてもとても温かい想いが俺へ届いた。 「ありがとうは、俺の台詞だよ……」  そう大きな声で返したかったけど、上手く声が出なくて、あと顔も用意出来ないから、俺は前だけを見て手を振った。  成海さんの声、震えてたな。  でも大丈夫。きっと大雅は心を決めてくれたから。  成海さんと俺のために。
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