P線上のアリア

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ねえ知ってる? この病院の駐車場に出る幽霊の噂。 ◇◇◇ 「光介先生知ってる? この病院に出るユウレイの噂」 病院の中庭に咲く桜の樹を見上げていると、マヤちゃんは突然そんなことを言った。 「幽霊?」 「そうユウレイ!」 車椅子から今にもこぼれそうなパジャマ姿の彼女の身体を支え、話を聞く。 「病院に幽霊が出るの」 「そう! この病院で死んじゃった女の子のユウレイ。ずっと重い病気で長期入院してたけど数年前に死んじゃったの。それで、その女の子、なぜか病院の駐車場の隅っこにある桜の樹の下に出るんだって」 「へえ」 「お花見が好きで未だに桜が咲く頃出てくるの。駐車場の隅の桜の樹の下にパンやおにぎりがシートの上に置いてあるの、ここに来るとき私も見たよ! でもあれお供え物じゃないかな? ユウレイがお花見なんてするのかな」 「幽霊の考えてることはわからないな」 「えー光介先生ドライ」 まだ少し(つぼみ)が多い。 駐車場の桜はもう満開だというのに。 「変だよね。中庭の桜じゃなくて駐車場の桜の下に出るなんて」 「そこの桜が一番好きなんだよきっと」 はらはらと桃色の花弁が宙を舞う。 中庭に咲く桜の下、車椅子から振り返り話す彼女の目は輝きに満ちている。 この輝きを守っていきたい。 午後の診察から休憩を経て夜勤がある。 展望レストランに寄り買ったパンの入った袋をぶら下げ、例の場所へ向かう。 曰くのある場所に咲く花ほど美しく綺麗とは本当か。 「よ、夕張メロンパン値上げしてたぜ」 桜の下。 幽かに揺れる桃色の霞に向けて手を差し出す。 皮肉を言われて振り向く少女の顔に、もう寂しそうな影はなかった。
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