空へ続く道

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 譲(ゆずる)は車の助手席を見た。だが、そこに妻の七恵(ななえ)はいない。七恵はちょうど1年前に突然亡くなった。歩道に乗り上げてきた居眠り運転の車に引かれたという。その時は信じられなくて、病院にやって来た。だが、それが現実と知った時に肩を落とし、泣いたという。そして、そこにやって来た1人息子の隆宏(たかひろ)もそれを知って、泣き崩れたという。まだ10年余りしか暮らしていないのに。もっと一緒にいようと誓っていたのに。どうしてこんなに突然死んでしまうんだろう。  譲は七恵とドライブをした思い出の道を走っていた。隆宏は徐々に譲は立ち直ってきた。だが、七恵の事が忘れられない。 「そういえばこの道だったな」  だが、そこに話し相手はいない。七恵はもういない。 「さみしいな・・・」  譲は七恵と過ごした日々を思い出した。だが、どんなに願っても、七恵は戻ってこない。交通事故を起こした運転手が憎い。 「もうあの頃の日々は戻ってこない・・・」  譲は1時間ドライブを楽しんで、家に帰ってきた。結婚を機に作ってもらったマイホームなのに、そこに七恵はもういない。 「ただいま」 「おかえりー」  譲が帰ってきても、迎えるのは隆宏だけだ。譲は寂しさを感じていた。  譲は仏壇にある七恵の遺影の前にやって来た。もう今日で1年なのか。そう思うと、時の流れの速さを感じる。だけど、どんなに時が経とうとも、七恵を失った日の事を昨日のように思い出す。 「今日で1年か」  隆宏は今月、小学校の卒業式を終え、来月から中学生だ。だが、その晴れ舞台を七恵に見せる事ができなかった。 「七恵、もう来月から中学生だぞ」  譲はため息をついた。目の前の七恵は、全く反応してくれない。 「と言っても、もうお前はいないんだよな・・・」 「お父さん、大丈夫?」  譲は振り向いた。そこには隆宏がいる。 「大丈夫だよ」 「そう・・・」  卒業した隆宏は、家でのんびりしつつ、来月からの中学校に向けて準備をしていた。大丈夫だと言ったが、本当は大丈夫じゃない。七重の事が忘れられない。  その夜、いつものように譲は部屋にやって来た。部屋にはダブルベッドがある。七重と寝るダブルベッドだが、今ではそれをもて余してしまう大きさだ。どれだけそのベッドで寝て、朝を迎えても、そこに七恵はいない。 「どうしてこんなにベッドが大きいんだろう」  譲は、2人で寝た日々を思い出した。眠れない時は一緒に話をして、時間をつぶしたっけ。そして、苦しい事があって、悪い夢を見た時は、七恵が大丈夫大丈夫と言ってくれた。何もかもいい思い出だ。だが、そんな思いでの日々は、もう帰ってこない。 「2人と寝た日々が忘れられないよ・・・」  いつの間にか、譲は寝てしまった。だが譲は、それに気づかなかった。  譲はいつものように朝を迎えた。今日も休みだ。今日はどこかドライブに出かけよう。 「もう朝か」  譲はカーテンを開けた。快晴だ。今日は絶好のドライブ日和だ。 「さて、今日はドライブに出かけるか」  譲はドライブを始めた。いつもの風景だ。窓からの風が心地よい。やっぱりドライブは最高だな。日々のストレスが抜ける。  だが、走り始めていると、車は宙に浮き始めた。何が起こっているのか、全くわからない。 「あれっ? 虹?」  譲は驚いた。目の前に七色の虹があって、その上を車が走っているように見える。どうして虹の上を走るんだろう。こんな道はなかったはずだ。 「どこに続いていくんだろう」  車は七色の虹の上を走っている。車は徐々に高度を上げていき、地上の風景がどんどん小さくなっていく。だが、譲は前を向いている。  車は次第に雲に近づいてきた。雲の上には何があるんだろう。全くわからない。 「雲の上?」  やがて車は雲の上にやって来た。譲は辺りを見渡し、車を停めた。そして、譲は恐る恐る足を踏み入れた。雲の上を歩ける。どうしてだろう。 「あ、歩ける!」 「あなた・・・」  その時、七恵の声がした。どうしてだろう。七恵は死んだはずなのに。  譲は後ろを振り向いた。そこには七恵がいる。七重の頭の上には黄色い輪がある。そして、白い服を着ている。天使のようだ。 「七恵! どうしたの?」 「会いたそうだから、会わせてあげたの」  七恵は笑みを浮かべた。譲は呆然としている。まさか、会わせてもらえるとは。 「ありがとう」 「まさか、また会えるとは」  譲は信じられなかった。もう会えないと思われていた七恵に、また会えるなんて。 「心配しないで、私はいつでも見守っているわ」 「ありがとう」  と、七恵はある事を思い出した。今月は隆宏の卒業式だったどんな様子だったんだろう。 「そういえば、隆宏は卒業だったね」 「ああ。とても感動したよ」  七恵はほっとした。無事に卒業式を迎えられたようだ。きっと、感動的だったんだろうな。 「私も生で見たかったわ。だけど・・・」  七恵は泣き出した。本当は生で卒業式を見たかった。隆宏の晴れ姿を見たかった。だけど、見ないまま死んでしまった。 「もうその事は話さないでおこうよ」 「そうだね」  そして七恵は思った。来月から隆宏は中学生だ。中学校には部活があって、3年生には高校受験もある。どんな部活に入るんだろう。どんな進路を選択するんだろう。 「いよいよ来月から中学生だね」 「うん」  七恵は隆宏の事を思った。中学校は大変だけど、私は大丈夫だと思っている。そして、絶対に乗り越えられて、強くなるだろう。 「部活に受験に、大変だけど、隆宏ならきっと大丈夫。だって、私たちの子だもん」 「そうだね。絶対にいい子に育ってくれるだろうね」  2人は期待した。隆宏は私たちの子だ。いい子だから、きっといい部活に入り、いい進路を目指すだろう。 「隆宏の未来に期待しましょ?」 「うん」  七恵は空を見た。そろそろ譲が帰る時間だ。 「そろそろ時間だね。じゃあね」 「じゃあね」  そして、目の前がまぶしくなった。譲は目を閉じた。  譲が目を開けると、いつもの朝だ。どうやら夢だったようだ。 「ゆ、夢か・・・」  譲はカーテンを開けた。雲1つない快晴だ。その空の向こうに、七恵はいるんだろうか?そして、2人を見守っているんだろうか? 「七恵・・・」  七恵、見ててね。俺は、隆宏は、力強く生きていくから。
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