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なんだそれは、と飯田が腰を浮かす。厚化粧をしたミナコが「ちょっと待ちなさいよ。借用書かなんか知らないけど、30年なんてとっくに時効じゃないのさ」と脇から口をはさむ。確かに法律上は時効ではある。意外にミナコに学があって感心した。
「うるせえババア。仲間内に時効なんてねえんだよ。手前はすっこんでろ」
きー、ババアって! とミナコが悔しそうに飯田の方へ寄り添う。ああ、マドンナだったミナコは飯田の情婦になったんだな、と俺は寂しく思った。
「2,249万7,051円。まあ同級生のよしみで端数切って2,249万7,050円で許してやらあ」
「そんな金など知るか」
「お前なあ、もう俺たちは中学生じゃねえんだよ。お互い大人だ。俺は公務員だし、このバンビも経営者だ。お前さんもこの店のオーナーだろう。大人ならちゃんとよ、中学の時に自分がやらかしたことの精算はしないといかんぜ」
テルモが威圧的に腕を組む。スーツの下で筋肉が盛り上がっている。こんな男の言うことなんか聞かなくていいからねリョウちゃん、とまたミナコがうるさく口をはさむ。
飯田は俯いていた。薄くなった髪が乱れている。何かを考えているようであったが、ちっと舌打ちしてまた盃を呷る。
「そんな大金が俺にあるわけないだろう。馬鹿か、お前ら」
徳利を掴んで手酌をすると、盃越しに飯田は言葉を投げつける。
「おうよ、別に金じゃなくてもいいぜ。この店でもいい。土地と店舗と、合わせても2,000万も価値はなさそうだが、まあ温情で大目に見てやってもいい」
ふん、と鼻を鳴らして飯田は酒を飲む。
「この店か。足元を見やがって」
飯田が呟く。静まった座敷にいつのまにか調理服をまとった飯田の息子が顔をのぞかせている。
「この店はとっくに抵当に入っている。お前さんが言うような価値はねえんだよ」
「飯田よ。お前もいい加減に観念しろよ。いいか、先代のお前の親父はなかなかのやり手だったと思うぜ。でも死んじまった親父と違ってお前には商才がない。飲み屋の愛嬌もない。悪いがお前の息子もセンスがねえ。華がねえんだよ。繁盛なんて土台するわけねえ」
「いちいちうるせえな。分かっちゃあいるんだよ。だからミナコにも手伝ってもらっている」
「ババアに華なんかねえだろうが」
きー、ババアって! とミナコがハンカチを噛んだ。
「いいから、俺の言うことを聞けよ飯田。このままじゃお前ら家族全員、借金抱えて一家心中するハメになるぜ」
「……一体どうすりゃいいんだよ」
おうよ、とテルモは薄笑いをしてポケットに手を突っ込む。
「俺の借金の返済として、この店の権利を一切合切俺たちに譲れ。この『いいだ屋』は俺とバンビが経営をする。その代わりお前らには住居兼店舗の建物と土地を貸してやる。特別に生涯無償で貸してやる。息子は俺らが雇ってやる。お前さんは隠居して、海釣りでもやってろ」
ぽかんと飯田がテルモを見ている。
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