開宴

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開宴

リアンの目前には、バンケットテーブルをはさんで三人の女性が腰を据えていた。さわやかな笑顔で来賓者たちに挨拶をする。 「皆様、本日はわが家の晩餐会にご出席くださりありがとうございます」 けれどリアンの心中は穏やかではなかった。それは隣に鎮座する父、ゲゲッセンの目が厳しいからだけではない。誰が呼ばれるのか、リアン自身が知らされていなかったからだ。 ひと月ほど前のこと。ゲゲッセンは威厳をもってリアンに告げた。 「俺はもう若くない。ハングリッヒ家の将来を真剣に考える頃合だ」 侯爵の子息であるリアンは齢二十二となる。そろそろ身を固めろという意味だ。 「わがハングリッヒ家には、親がを招待し晩餐会を催す伝統があるのを知っているな?」 「承知しています、父上」 伝統では、花嫁は三人以上の候補者から選定することになっている。つまり、晩餐会に招かれた三人がリアンの「花嫁候補」というわけである。 貴族の家に生まれた以上、伝統には逆らえない。リアンは来賓者の顔を順に見やる。 ひとりは波打つ金髪を綺麗に結わい、豪奢なドレスに身を包んだ上品そうな女性、イザベラ。礼儀正しく、所作の美しさと優雅な振る舞いはまるで花壇に咲き誇る花のよう。 「本日は晩餐会にお招きくださり光栄に存じます」 イザベラは父と親交のある伯爵の娘なので、パーティーでたびたび顔を合わせていた。貴族の内情に詳しく家柄も申し分ない。上品な香水の香りを漂わせてリアンに柔和な笑顔を向ける。 もうひとりは銀髪を両肩の高さでそろえ、セミフォーマルのスーツに身を包む瞳の大きな女性、シモンヌ。大学時代のクラスメイトであり、リアンとは互いによき理解者の関係である。 「リアン君は信頼する仲間です。末永いお付き合いをお願いします」 シモンヌは大学を首席で卒業し、若くして国王の管轄する研究室で働いている。子爵の娘であり爵位はイザベラに劣るが、聡明才弁な彼女にゲゲッセンは一目置いていた。 そして最後のひとりが、ブロンズのくせっ毛をヘアピンで留めた、チュニックワンピースの快活そうな女性、ニーナである。リアンの幼馴染で、昔からの遊び友達だ。 「ご無沙汰しております、お父さまとお母さま。リアンのおうちのお食事、楽しみです」 ニーナは近所で農場を営む農家の娘であり、リアンとともにちいさな冒険を乗り越えてきた。天真爛漫な性格で、リアンに向ける笑顔のあどけなさは昔と変わらない。 そして――招待したハングリッヒ家の子息であるリアンは、綺麗な顔立ちで自身に満ちあふれ、学業の成績も申し分ない。女性からアプローチされることは日常茶飯事だが、当の本人は降りかかる火の粉を払うかのように誘いを断っていた。 なぜならリアンには想いを寄せる女性がいたから。 そしてまさに、この中のひとりがリアンの「想い人」だった。
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