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キチェ鶏肉のラグー
料理はメインディッシュの肉料理へと移る。
「こちらはキチェ鶏肉のラグーです」
リアンの目の前に豪華な料理が置かれる。けれど晩餐会の目的を察したリアンは食事どころではない。
「リアン様、ご気分がよろしくないのですか?」
イザベラは心配そうな顔をしたが、リアンは手のひらを横に振って否定する。
「リアン君って、鶏肉料理が苦手だったっけ?」
シモンヌは不思議そうな顔をしたが、リアンは考えごとをしていたのだとごまかした。
けれどニーナは料理に夢中で、リアンへの気遣いなど微塵もない。
「だいじょうぶ、もしも残したらあたしがいただくから。まだまだお腹は空いてます!」
リアンは僕よりも料理の心配かよ、とせつない気持ちになる。それでもニーナが満足すれはと思い、皿をそのまま差し出した。
「食べなよ。ニーナの栄養になったほうが料理にとっても幸せだ」
「えっ、いいの? それじゃあ命に感謝して、遠慮なくいただきまーす♪」
ニーナは嬉々として皿を受け取った。三日食べていなかったぶんを取り戻すかのような勢いで平らげ、満足そうな笑みを浮かべる。そんなニーナをリアンはずっと眺めていた。もう、この笑顔を見られなくなるのだと思いながら。
リアンは順に三人と思い出話を繰り広げる。
イザベラは父の仕事仲間の令嬢だけに無下にはできない。そう思い社交辞令の対応をしていたのが紳士的に映ってしまったようだ。
シモンヌは勉学で切磋琢磨する関係であり、互いによき友人と呼べる仲だ。けれど突然花嫁候補と言われても恋心が沸くはずもない。
ところがニーナだけは事情が違った。幼馴染であるがゆえにリアンのことを熟知している。
幼いリアンは弱虫で臆病で軟弱な子だった。けれどそんなリアンを助けるのは、いつもニーナの役目だった。
山犬に追われたときはスリングショットを放って撃退し、川で溺れかけたときは水に飛び込んで浅瀬まで引き揚げ、森で迷ったときには森中を駆け回りリアンを見つけ出した。
「リアンは貴族の跡継ぎなんだから、強くて賢い男にならないと。それまであたしが見守ってあげるから!」
ニーナはいつもそう言っていたが、リアン少年は頼ってばかりはいられないと努力する決意を固めた。強くて賢い――そう、ニーナに褒められる男になるために。
だから勇敢で聡明な青年に成長した背景には、ニーナに対する淡い恋心があった。その想いは年齢を重ねるごとに色濃くなり、鮮明な憧憬としてリアンの胸を焼き焦がしていた。
たとえ身分の違いがふたりを引き裂いても、せめて仲良しの幼馴染だと思い続けてほしいと、リアンは切に願っていた。
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