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レッドベリーのタルトタタン
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはゲゲッセンだった。
「やれやれ、お前が推した花嫁候補はみずから去ってしまったようだ」
「あら、あなたはこれで良かったと思われますか」
「構わん。我がハングリッヒ家の伝統にならい、三人以上の候補者をもって花嫁を選抜した事実は変わらないのだから」
イザベラとシモンヌは顔を見合わせ、これで一対一の戦いだと火花を散らす。
「思えば懐かしいですわ。あなたのときはお父上が領地一帯から候補者を集めましたからね。盛大な晩餐会でした」
ゲゲッセンの父は最高の相手を選ぶべく、管轄する領地中の女性を招いて立食の晩餐会を催した。ゲゲッセンは父に従い、ひとりひとりと対面の面接をおこなった。
一般市民の出身だったトリンケンは、自身が選ばれるとは思っていなかった。けれど招待のお礼として、ある秘密をゲゲッセンに披露した。
トリンケンは魔法を唱えて見せたのだ。
指を躍らせて『祝福の花』を描き出し、束ねたブーケをゲゲッセンに渡した。「あなたがよき伴侶と幸せな日々を送れますように」と、心を込めて。
するとゲゲッセンはその場でブーケを突き返した。「ならばあなた自身に受け取っていただきたい」と、顔を赤らめて。
トリンケンの謙虚で純朴な人柄と、魔法の神秘性がゲゲッセンの琴線に触れ、それがふたりの始まりとなった。
「だが俺の後悔も察してほしい。市民が貴族の家に入るとどれだけ苦労をするか、お前は身をもって知っているだろう。一般市民の血を入れるなど、愚かで不幸なことだと散々蔑まれたではないか」
「あら、わたしは苦労なんて思ったことは一度もありませんわ。愚かで不幸なのは、そんな古い価値観に支配された方々のほうですから」
財産目当てとか、色気で誘惑したとか、はたまた魔女ではないのかと。過去にはあらゆる愚弄があったが、それを乗り越えてようやっと幸せな今がある。
「あなたがわたしを愛し、妻として認めてくださっただけで、じゅうぶんに幸せです」
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