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トリンケンは扉に向かって声をかける。
「セバスチャン、よろしいかしら」
扉が開き、セバスチャンが姿を見せる。その後ろにはニーナが身を隠していた。トリンケンの意図を察したセバスチャンがニーナを引き止めていたのだ。
「あの子の笑顔を奪ってしまった罪人は、いったい誰なんでしょうね」
「そっ、それは……」
「ニーナの涙が、誰よりもリアンを大切に想っている証拠だとは思いませんでしたか?」
「むぅ、だがしかし……」
「ニーナはしっかり者で芯の強い子です。どんな苦労が待っていたって、ふたりなら乗り越えられるはずです」
トリンケンはたじたじの夫から視線を外し、リアンに向き直る。
「リアン、わたしはただ、あなたが人生をともにしたいと思う相手を選んでほしいだけ。わたしが愛した、大切な息子なのですから――」
リアンはぐっと奥歯を噛みしめて立ち上がり、ニーナの目の前に歩み寄る。目の前にひざまずいて手を取り、勇気を振り絞ってこう告げた。
「ニーナ、これからもいっしょに泣いたり笑ったりしよう。もっと大きな冒険をしよう。そしておいしい食事を、一緒にお腹いっぱい食べよう」
ニーナは拭き取ったはずの涙がまた溢れてきた。けれどさっきの涙とは違う。喜びがきらめく宝石のような涙だ。肩を震わせて思いを吐露する。
「リアン……ごめんなさい。あたしだって、ちゃんと伝えればよかった。リアンが誰よりも大切なひとだってことを――」
トリンケンは息をつき、数回、両手を軽く合わせる。母から始まった拍手は伝播し、シェフや使用人を巻き込む盛大な喝采に昇華した。
リアンとニーナは見つめあって顔を赤らめる。まるで初めて恋に落ちた少年と少女のように。
祝福の中で最後のメニューが差し出される。
「さて、スイーツのおかわりは自由ですので、心ゆくまでどうぞ」
セバスチャンはそう言い、レッドベリーのタルトタタンを取り分けて皆の目の前に並べる。
淹れたコーヒーの芳醇な香りが、にぎやかさを取り戻したダイニングルームに広がっていった。
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