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「恐れながら選帝侯閣下、最近おかしな夢を見ませんでしたか?」
侯爵家の専属楽団が奏でる演奏に乗ってダンスに興じる紳士淑女たちを横目に、私は休憩用に作られた小部屋で彼女の占いを受けていた。
「おかしな夢……ですか?」
最近見たおかしな夢といえば、街中で中年男に刺されたアレしか思い浮かばない。
夢というのは大抵すぐに忘れてしまうものだけど、コレばっかりは到底忘れられないくらい私の脳裏にしっかりと焼き付いている。
「もう分かりました。」
私が質問を繰り返しただけなのに、その女占い師はどこか嬉しそうな笑みを浮かべて大きく頷きそう断言した。
「貴方は無能力ではありません。貴方の能力は『前世の記憶を引き継げる』という力です。奇しくもこれは第二皇太子のハインリヒ殿下と同じ能力ですね。」
前世の……記憶?
ええっ?じゃあ私は前世で中年男に刺されて死んだってことなの!?
そうだとして……そんなものを仮に鮮明に思い出せたとしても、何かの役に立つとは到底思えない。
当たり外れで言えば大ハズレなんじゃないの?
あまりと言えばあまりの事に私は眉をひそめたまま、その女占い師をしばらく凝視してしまった。
一度、ハインリヒ殿下とお話されると宜しいかと── 他人の不幸を喜ぶ気質でもあるのか、どこか嬉しそうな笑みを浮かべたまま、その女占い師は小部屋を出て行ってしまった。
何だか気力が抜けてしまった私は、彼女の後を追うことすらしなかった。
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