恋の形

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桜の木の下でうずくまっていた人がいた。 そう、言うまでもなく私だ。 視界に映らない頭上から桃色の花びらがひらひらと落ちてくる。そのまま髪に絡んだような気がした。それを取る気にもなれなくてそのまま顔を下に向ける。 びゅうっと、風が吹いた。 さわさわと桜が枝をたなびかせる。その風に呼ばれたのか私の身体が影で覆われた。 「お姉さん、大丈夫?」 見上げると太陽の光が金色の髪を照らしその輝きで目が潰れた。 「うずくまってちゃ、楽しい世界も見れないよ?」 男は何も言わない私にもう一言投げた。 そこでようやく私は男に相対しようと思い、スカートについた土埃を払い除け、立ち上がった。男はそんな私に手を貸した。 「お、やっと顔が見れた。へえ、かわいいじゃん、お姉さん。」 口がよく回る。立ち上がってもなお見上げた彼は、金髪でサングラスをかけピアスを開け髭を生やしていた。20代前半ぐらいの見た目だ。 「ほ、」 「ん?」 「ほんとに、かわいい?」 つい、か細い声が私の口から出た。しばらく人と喋っていなかったせいで、声の出し方を忘れていたようだ。 「え、あ、うん、おお、お姉さん、すっげぇかわいいよ。ほんと、かわいい。付き合いたいぐらいかわいいよ。」 「ほんとに?お兄さんもかっこいいね。付き合おう。」 こんなに優しい人に出会ったのは初めてだ。こんなに楽しい世界を見たのは初めてだ。私の心はもう有頂天だった。 「え、まじ?」 「嫌、なの?」 「嫌じゃない、びっくりしただけだよ、いいぜ、付き合おう。」 「ほんとに?やった!これが運命の出会いってものなんだね!」 私は手をたたいてはしゃぐ。 「じゃあ、初デートと行こうぜ、今から。俺についてきて、楽しいとこ、連れてったげる。」 その言葉とともに、彼は羽織る煌びやかな柄の入ったジャケットをはためかせ、ポケットに入っている財布を上下に振って少し早足気味に先へ進んでいった。私は半ば走るように彼の背を追う。 着いた先は騒音が飛び交い、重なる銭同士の奏でる音が鳴りやまない場所だった。私なら決して寄り付かず見向きもしないだろう。でも、彼は最初のデート先にここを選んだ。つまりそれは、彼にとってここは私が思う以上に大切で、素敵な場所だということだ。 彼は店の前で少し臆する私の手を取り、騒音の中に飛び込んだ。自販機で1枚の紙幣を、バケツの中にジャラジャラと、様々なメダルに換え、意気揚々とあるスロットの前に座った。 機械音とメダルとキャラクターの喋る声が耳いっぱいに広がる中、私は少し声を張って彼に語りかける。 「ここは、お兄さんにとって、すっごく大切な場所なの?」 「え?ああ、まあ、見てりゃわかるぜ。ほら、ここ座って、見てなよ。」 彼はそう言って私の手を引っ張り、彼の隣の椅子に座らせた。前を見ると私の身長ぐらいの機械が、その真ん中にある画面上の女の子のキャラクターが、「メダルを入れてね!」と叫んでいた。 赤いバケツに手を突っ込み、メダル入れに次々とメダルを入れていく彼の動きをじっと見る。 そのまま何分が経ったか、何時間か経ったかもしれない。 彼は時折赤く点灯する画面を見つめ舌打ちをしながら、されどメダルを入れる指は止めず私はその動きを必死に追いかけた。こうやって私に模範となる姿を見せてくれているのだ。なんて優しいのだろう。 付き合ってよかった、その想いが心を占めていた。 「なあ、姉ちゃん、やり方はわかったろ?俺はもっかい金換えてくるからこのバケツのメダルで姉ちゃんもやってみな。当てたら感動すっから。」 「うん、わかった。」 彼はそのまま換金所へ向かった。 私は目の前の台に向き合い、彼がやったようにぎこちなくメダルを入れていく。あまり聞いたことのない騒がしいBGMが鳴り響く。 あまり何も変わらない画面を見続けながら数時間続ける。いつのまにか彼が隣に戻ってきてまたその作業を続けている。 ふと、目の前のスロットの左、真ん中、右の中央に星がそろった。 「おお!姉ちゃん!それすっげぇいい状態だぞ、ほら、画面上の女の子が彼氏っぽい少年と夜空見上げてんだろ?それ、もし、このときに、また、星がそろったら、当たりなんだよ!」 久しぶりに彼が喋りかけてくれた。彼の声が私を包む。褒めてくれてる。期待されている。私は今期待されているのだ。星がそろうように頑張らねば。そう思って私はさらに画面に食い入るように見つめた。もはやメダルさばきが様になっていた。 星、スイカ、〇。ダメだ。〇、〇、〇。違う、星なんだ。彼が褒めてくれるのはそれじゃない。スイカ、星、星。惜しい。繰り返しを続ける。 彼も私の隣で、私の出す画面を見ながら一喜一憂してくれている。今が私にとって最高の時間だった。 「やばい、もうすぐ終わっちまう、姉ちゃん!祈れ、入れるメダルに祈れ!」 「うん!来て!」 精一杯の祈りを込めたメダルを入れた。メダルが光った気がした。出たのは、星、星、星。 それを見た瞬間、思わず彼と抱き合った。 「やったー!」 「うぉ、よくやった!あ、姉ちゃん、ほら、画面見て画面」 「え?」 言われるがまま画面を見ると、少年が少女の手をつないで、夜空を見上げる。スロットで出した3つの星のように夜空にはいっぱいの星が瞬いている。  「当たりだね!おめでとう!」 その声とともに、つぎ込んだ以上のメダルが出てくる。隣の彼は目を輝かせている。 胸にこみあげてくるものがあった。確かにこれは大切で、素敵で、感動する。 彼は画面を指さした。 「姉ちゃん、これ、これを見たとき、俺は感動したんだよ。」 そういわれて画面を見た。 一筋の流れ星が空を渡っていった。
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