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ふと時計を悠哉は確認するとすでに十六時を回っていた。もうすぐで陽翔が訪ねてくるだろうと予想し、悠哉はベッドから起き上がると一階へ降りた。薬を飲んだおかげで熱もだいぶ下がったようで足取りも軽くなったようだ。
すると、ピンポーンとインターホンの音が聞こえてくる。どうやら悠哉の予想が当たったようで、陽翔が訪ねて来たみたいだった。悠哉が玄関に向かい扉を開けると、案の定そこには心配そうな表情をした陽翔が立っていた。
「悠哉…!具合大丈夫?」
「その前に俺に何か言うことはないか?」
悠哉が陽翔を睨みつけると「あー…えっと………すみませんでした……」と陽翔は自分のした事を理解しているようで縮こまっている。とりあえず陽翔を家の中に入れ部屋にあげた悠哉は、陽翔の左頬を軽く手のひらで叩いた。
「えっ!?なにするの!?」
陽翔は叩かれた左頬を擦りながら信じられないという目で悠哉を見ている。
「そんな大袈裟なリアクションするなよ、ちょっと触っただだろ」
「そんな優しいものじゃなかったんだけど…ちょっと痛かったし…」
陽翔はごにょごにょと何か言ってるようだったが、悠哉はそんな陽翔の事など気にもとめずに淡々と話を進めた。
「お前、なんで彰人に看病なんて頼んだんだ?」
「それは…悠哉が心配だったからで…」
「心配だったら俺の家の鍵を他人に渡してもいいのか?」
「……そのことに関してはごめん…僕もさすがにいけない事だってわかってたんだけど、神童先輩なら悠哉が嫌がるようなことは絶対しないと思ったから」
悠哉は陽翔の言葉を聞いて驚きを隠せなかった。陽翔がそんなにも彰人を信頼しているとは思ってもみなかったため、悠哉にとって衝撃的な事実だった。
「お前ってそんなに彰人と親しかったか?」
「いや、そういうわけじゃないけど、あの人悠哉のことすごい好きだからさ」
「は…!?お前彰人が俺のこと好きって知ってたの?」
「まぁなんとなくね」
陽翔は困ったような笑みを浮かべている。悠哉は呆然とした。まさか陽翔が彰人の気持ちを知っていたなんて、と。自分では気づけなかったことを陽翔が気づいていたという事実に軽くショックを受ける。
「悠哉のことが大好きな神童先輩だったら大丈夫かなって思ったんだ。実際嫌がるようなことはしてこなかったでしょ?」
陽翔は彰人が悠哉に対してそんな事するはずがないとでも言うように、悠哉に問いかけた。確かに陽翔の言う通り甲斐甲斐しく看病されただけだった。嫌味は言われたが、それ以外はむしろ完璧と言っても過言ではなかったほどだ。しかしここで陽翔の言っていることを肯定したら、陽翔が正しいと認めてしまうような気がして「さぁな」と悠哉はわざと含みを持った言い方をする。
「え!?何かされたの!!?」
「お前には教えない」
「えーー…まぁ、悠哉の体調が良くなったみたいでほんとよかったよ。悠哉が元気ないと僕も心配でどうかなっちゃうから」と陽翔は悠哉の手を取りギュッと握った。柔らかく微笑む陽翔の姿、その笑顔はまるで太陽のように温かく感じた。悠哉はこの笑顔に何度助けられてきたことだろうか、どうしようもなく辛い時だって陽翔の笑顔が悠哉にとっての救いとなっていたのだ。
温かい陽翔の手、 悠哉は心地の良い気持ちで思わず陽翔の手を握り返そうとしてハッとした。悠哉がバッと手を振りほどくと「悠哉…?」と陽翔が不信げに悠哉を見つめる。
「どうしたの…?」
「いや…、お前もう恋人いるんだからこういう事するのって変じゃないかと思って」
「変って…」
「手繋いだりとか普通恋人同士がするもんだろ?俺たちは恋人じゃないんだからこういう事は難波としろよな」
手を振りほどき、陽翔から目を逸らした悠哉に対して「う、うん。そうだよね」と陽翔は明らかな作り笑いを浮かべた。
やはり自分と陽翔の距離感は普通の友人同士とは違うのだろうか、と悠哉は不安に思った。二人は昔から距離が近くお互いのスキンシップも多かったのだが、友人同士ならこれぐらい当たり前だろうと思っていた自分の常識が最近になってようやくおかしいということに悠哉は気がついた。それはほんの些細な出来事で、クラスメイトに「お前らベタベタしすぎじゃね?」と言われたことがきっかけだった。言われた時は悠哉自身そうでもないだろうと思っていたが、いざ自分たちの行動を振り返ると確かに普通の友人同士の距離感とは違うことに段々と自覚が生まれていった。それに陽翔には恋人もいる、今までみたくベタついた距離感を当たり前だと思っていては駄目だろう、と悠哉は後ろめたい気持ちを感じていた。
陽翔に恋人が出来た今、友人である自分達は友人同士がとるべきであろう距離感を保たなくてはならない、今まで俺が陽翔を縛り上げてた分、俺が陽翔を解放してやらなければいけないのだと悠哉は自分に言い聞かせた。
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