6.父親

1/6
前へ
/56ページ
次へ

6.父親

 夏休みが終わっても悠哉の日常は以前となにも変わることは無かった。あれから木原とは会っていない、向こうも社会人なのだから仕事が忙しいのだろう。正直もう会いたいとは思わない。  あの人が母以外の女との間に子供を作っていたなんてショックだった。母もあの人もいない今、悠哉にとって血の繋がった家族は木原だけなのかもしれないが、血の繋がりなど悠哉にとってはどうでもいい事だった、所詮は他人なのだから。  授業が終わり帰り支度をしていると、いつものように彰人がずかずかと教室に入り悠哉の席へと向かってくる。最初の頃は上級生が教室に無断で入ってくることを不審に思っているクラスメイトもいたが、今ではこれが日常になっているため誰も気にしなくなっていた。 「陽翔は今日も部活か?」 「ああ、夏大は終わっても秋があるからな」  そう言って立ち上がり荷物をまとめ教室を出ていく悠哉の後ろを、当たり前のように彰人も付いてくる。  彰人はあれから木原についても、あの人についても何も聞いてこない。最初はあんな話を聞かされて幻滅されたのではないかと不安に思っていたが、彰人の態度は以前と何も変わりないため悠哉の不安が当たることはなかったようだ。木原について触れないのは単に彰人が気を遣ってくれているのだろう。 「あっ、そうだ。ちょっと用事を思い出したから玄関で待っててくれるか?」  立ち止まった彰人は何かを思い出したようで、悠哉にそう頼んだ。悠哉が「わかった」と返事をすると「ありがとな」とだけ応え彰人は反対方向へ足早に行ってしまう。  気がついたら彰人と帰ることが自分の中で当たり前になっており、一人で先に帰るという選択肢が悠哉の中に存在しなくなっていた。自分にとって確実に彰人の存在が大きくなっている、だからこそあの人のことも彰人にしっかりと話さなければと思うのに、あの時の話をすることが怖くて悠哉はなかなか切り出せないでいた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

144人が本棚に入れています
本棚に追加