6.父親

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 彰人が戻ってくるまでまだ時間があるだろうと思い、悠哉は普段あまり使わない一階のトイレへと入った。ことを済まし、手を洗っていると入口から人の気配を感じる。 「お前涼井だよな?」  悠哉が声の方を向くと、そこには見覚えのない三人組が立っていた。内履きの模様が赤いことから、恐らく三年生なのだろうと推測できる。 「なんですか?」  不審に思った悠哉は、眉を寄せ怪訝げに問いかけると「お前最近神童と仲がいいよな」と真ん中に立っている金髪の男が口にした。神童、彰人のことを言っているのだろう。何故こんなことを聞いてくるのか相手の意図が分からなかったため「なんの事です?」と悠哉はとぼけてみせる。 「とぼけんじゃねぇよ、さっきだって神童と一緒にいたじゃねぇか」 「何が言いたいんですか?俺、連れをまたせてるんで」  これ以上相手にしてもろくな事にならないだろうと考えた悠哉は、その場から離れようと男たちの横を通り外に出ようとした。しかし一人の男に腕を掴まれてしまいそれは叶わなかった。 「おい、どこ行く気だよ」 「まだ俺たちの話は終わってねぇよ」  三人に出口を塞がれてしまいどうすることも出来なくなる。しつこい奴らだな、とだんだん苛立ちが募っていきキッと腕を掴んでいる男を睨みつけた。 「だから何が言いたいんです?」 「お前神童とデキてるだろ」  悠哉は「は?」と思わず目を見開く。 「あいつがゲイだって噂は前から耳にしてたんだ、実際にあいつに抱かれたやつも知ってるしな。だからあいつが最近よく一緒にいる涼井お前が新しい相手なんだろ?」  ニヤついている男の顔が気持ち悪く、悠哉の不快な気持ちがよりいっそう強くなる。 「彰人と俺はそんな関係じゃないです、勝手なこと言わないでください」 「嘘つけよ、神童は色んな男を食いまくってる噂だぜ?それに男に飽き足らず女にまで手を出してる最低野郎だ。どうせお前もすぐに捨てられるさ」  彰人のことを散々に言われ、腹立たしさから悠哉の拳がプルプルと震えた。込み上げてくる怒りに抗えず「いい加減しろよ…」と悠哉は男の顔を睨みあげた。 「彰人はそんな人間じゃない、お前らの方がよっぽど最低野郎だ」  悠哉が吐き捨てるようにそう言うと、男は眉を釣りあげ「こいつ…っ」と悠哉の腹を蹴り飛ばした。勢いよく背中を壁にぶつけたため、ガンッと鈍い音が鳴る。腹と背中にじんじんとした痛みを感じ、悠哉は思わず眉を顰めた。 「もういい、早くやっちまおうぜ」 「そうだな。おいお前ら、こいつ暴れないように押さえつけろ」  金髪の男が指示を出すと、二人の男に悠哉は体を押えられ身動きが取れなくなってまう。これは本格的にやばいのではないかと思い始め、嫌な汗がつーっと悠哉の肌を伝った。 「離せっ、何すんだよ…っ!」  なんとか抜け出そうともがいてみるものの、二人がかりで押さえつけられているため全くもって無意味だった。  金髪の男が悠哉の髪をガッと掴む。 「神童は俺の彼女を寝とったんだ、だから俺もその仕返しにお前を今から犯す」  男の言葉に体が硬直した。男に対する怒りの感情が恐怖へと塗り替えられていく。なんて下品な笑みなのだろうか、気持ち悪さで悠哉の背筋にはゾッとした寒気がおとずれた。  男はカチャカチャとベルトを弛め「こいつの下脱がせ」と押さえつけている一人に指示した。すると、男にベルトを外されズボンのチャックを下ろされる。途端に「やろめっ!離せっ!!」と悠哉は抵抗するが、状況は一変として変わらない。  ふと悠哉の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。三年前の記憶のはずなのに、その記憶は現実として目の前に映し出されていた。あの人に襲われる、俺を愛してくれなかったあの人が、母さんの影を重ね俺を抱こうとしている。そんなの嫌だ、そんな愛され方されたってちっとも嬉しくない。嫌だ…嫌だよ父さん…っ。  悠哉の瞳には涙が溜まり、視界がぼやけて何も見えない。抵抗することすらやめ、大人しくなった悠哉を見て男は「はははっ、なんだ怖くなっちまったか?」と下品に笑う。  そんな男の言葉など今の悠哉には届かなかった。男の姿なんて見えていない、今の自分は三年前のあの時に戻っているのだから。
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