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悠哉は思い足取りで外へと出ると、陽翔を待つために柱の前でしゃがみ込んだ。憂鬱な気持ちが晴れないまま悠哉は先程の出来事を思い出し、頭を抱えてしまいたい衝動に駆られる。
陽翔は優しいを通り越してお人好しすぎる、それに誰に対しても愛嬌があり自分なんかに相応しくないことは悠哉自身自覚していた。それに陽翔の相手である難波、彼は悠哉が耳にするほどの人気者であり学年問わず男女共に好かれていた。完璧と言ってもいいような難波は自分なんかよりも陽翔に相応しい。その事実を分かっているつもりでも、悠哉の気持ちは辛いままだった。かけがえのない存在である陽翔を突然よく知りもしない男に横から取られる、どんなに二人がお似合いだろうと今の悠哉には難波に対する妬ましい感情しか抱けず、二人の幸せを願うことなんて到底出来なかった。
ガタッ、背後から人の足音が聞こえ、悠哉は反射的に立ち上がった。もう陽翔が来たのだろうか、と思った悠哉は軽い気持ちで後ろを振り返った。その瞬間、悠哉の頭は真っ白になる。悠哉は驚きのあまり声を発することすら出来ずに呆然と目の前の人物を見つめていた。この男が自分の目の前にいることに対してどうやら頭の中の思考が追いついていない。いや、理解したくないようだった。
そこに立っていた人物は陽翔ではなく、神童彰人だった。
「お前、悠哉か?」
数年ぶりに聞いた彰人の声に、悠哉の心臓はドキリと跳ね上がった。年齢の割には低くて落ち着いている、よく耳に馴染むその声を悠哉はしっかりと覚えていた。その声で名前を呼ばれただけで、悠哉の身体は無意識に硬直していく。
思い出したくもないあの時の出来事が鮮明に蘇ってくる。
――俺の後悔が。
「まさか同じ高校だったとはな。」
「なんでお前が…」
目の前の男は平然とした態度で悠哉のことを見下ろし、階段をゆっくりと下りてくる。悠哉はやっと絞り出た声でハッと我に返った。これ以上この男に近づいてはいけない。
地面にカバンを置いたことすら忘れ、悠哉は今すぐこの場から逃げるため校門に向かって走り出した、つもりだった。しかし、彰人に腕を捕まれたことによりそれは叶わなかった。
「また逃げるのか?」
悠哉の喉がヒュっと鳴る。吸い込まれてしまいそうなほど澄んだ綺麗な青い瞳がこちらをじっと見つめている。凛々しい眉は下がっており、悲しそうな、辛そうな、そんな表情に見えた。顔を歪め、力強く掴まれた腕からはでかい図体に似つかわしくないほど弱っているように悠哉には感じられた。
彰人に触れられていると理解してしまったらもう駄目だった。懐かしいあの体温が肌を通して悠哉には伝わってきた。ダメなのに、彰人という男を嫌でも思い出してしまう自分がいる。
「…っ、離せよ!!」
悠哉は堪らず力強く腕を引いたが掴まれた腕が離されることはなく、むしろ先程よりも強い力でギュッと握られた。意地でも離さまいという意思さえも感じられ、彰人は悠哉をこの場から逃がすつもりはないらしい。
「俺はもうお前とは関わりたくないんだ!お前だって俺のこと嫌いなんだろ?そりゃあそうだよな、お前にひでぇことしたんだもん」
声を荒らげた悠哉に彰人はギョッとした表情を見せると「ちょっと待ってくれ」と口を開いた。
「お前は何か勘違いしているようだからこの際はっきり言うが悠哉、俺はお前のことが好きなんだ」
彰人はすぅ、っと一息ついてからはっきりとその言葉を口にした。「好きだ」という言葉を。
急な彰人からの告白に、悠哉にはその言葉の意味を理解することが出来なかった。思考が停止し、まるで脳みそが何も考えたくないと訴えているようだ。この男は今なんと言った?俺のことが好きだと言ったのか…?いや、有り得ないだろう。
しかし、真っ直ぐと見つめられた瞳からは冗談を言っているようにも感じられず、青い瞳に捕らえられてしまった悠哉はただ彰人の顔を見つめることしか出来なかった。
「三年前から俺の気持ちは変わっていない。お前から拒絶された時は酷くショックを受けたさ、俺がなにか嫌われるようなことをしたんだと悔いた。それでもこの三年間お前を忘れることはなかった、他に恋人を作ったところで長続きもしなかったしな。こうして再会できた今だって好きだという気持ちが抑えられていない」
三年前という単語を聞き、悠哉の眉はぴくりと反応する。サッと彰人から顔を逸らし「…離せよ」と悠哉は静かに口を開いた。
「あ、あぁ悪い」
彰人から腕を離され、シワになった袖を伸ばした。そしてやっと解放された腕は先程まで握られていた余韻のせいかじんじんと痛む。
悠哉は腕をさすりながらチラッと彰人の顔を盗み見ると、今告白したことが嘘であるかのように平然とこちらに視線を向けている彰人と目が合った。悠哉の心臓はドキリと脈打った。途端に顔に熱が集まるような感覚に陥ったため、顔を背けなんとか気持ちを落ち着かせようとするが、ドキドキと鼓動は確実に速くなっている。なんで俺こんな気持ちになっているんだ、と悠哉の頭は困惑した。
「だいたいそんなの信じるわけないだろ。ふざけた嘘つくなよな、誰が信じるかよ」
悠哉が分が悪そうに頭を搔くと「信じてくれないのか?」と少し悲しそうな表情で彰人が問いかけた。
「信じるかよっお前みたいなやつが俺なんか野郎を好きになること自体ありえないし…」
「元々俺はゲイだ。むしろお前みたいな男が好きなんだ」
「…っ、それにお前だって俺の事避けてただろ」
「それはしょうがないだろう。俺だって相当ショックを受けていたんだ。お前のことが好きだから尚更な」
こちらが反論すればすぐに論破してくる彰人に、悠哉は言葉に詰まってしまう。本気なのかからかってあの時の憂さ晴らしをしようとしているのか悠哉には彰人の本心など分かるはずもないが、彰人は好きだという事実を否定するつもりは無いらしい。なんて厄介なのだろうか、と悠哉は眉をひそめた。
「俺は信じないから」
「全く頑固だな。そういうところは昔から変わってなくて少し安心したよ」
「…っ、理由はなんであれ、俺はお前に酷いことをしたんだ、最低だ。それにお前だってあれから俺に関わろうとしなかっただろ?俺が逆の立場でもそうするし、あんな態度取ったんだから文句言えねぇよ、軽蔑したならはっきり言ってくれた方が楽だ。だから今更好きとかくだらない嘘ついて俺を混乱させないでくれ、嫌いならもう関わらないでくれよ」
「それは出来ないな、俺はお前のことが嫌いじゃない、むしろ好きなんだ、信じてくれないなら何度だって言ってやるさ、悠哉、好きだ」
「…っ!?」
スっと手を伸ばした彰人は、悠哉の髪を壊れ物を扱うかのような優しい手つきで撫であげた。まるで愛おしいものを愛でるようなその彰人の表情に、また自分の顔が熱くなっていくのが悠哉には分かった。
悠哉は堪らず彰人の手を払い除けると、彰人に向かって声を荒らげた。
「触るなよっほんとなんなんだよお前っ!俺はずっとお前に軽蔑されたって思ってたんだぞ?なんも悪くねぇお前に酷いことしたのに…それなのに好きとか意味わかんねぇよ…!」
「それじゃあお前は壮大な勘違いをしていたわけだな、軽蔑なんてした事ない、どんなにお前に嫌われようが俺はお前のことが好きで好きで仕方がなかったんだ。好きだと告げたら気持ち悪がられると思っていたが俺の予想はどうやら外れたようだな。顔が真っ赤だぞ」
「なっ…!?」
彰人にそう指摘された悠哉の身体は、途端にぶわっと体温が上昇していった。こんな感情知らない、知らないはずなのに。胸の中がグツグツと煮えたぎっているように熱い、その熱が全身に伝わって自分の身体を包み込んでいるようだった、鼓動も早くて落ち着かない。
今の悠哉には、キッと彰人を睨みつけ「赤くなんかなってない…っ」と反論するだけで精一杯だった。陽翔以外の人間からこんなにも好意的な目で見られるのは悠哉にとっては初めての事だった。愛されることに慣れていない悠哉にとって、彰人の言葉に平常心でいること自体無理だったのだ。軽蔑されることは慣れていても愛されることには慣れていない、悠哉はそんな人間だった。
「そんな顔をされたら諦められそうにないな。それに俺は何も悪くないと言ったなよな?なぜあの時お前があんな態度を取ったのか分からないが、俺を本気で嫌いになったからじゃないんだな?」
悠哉に嫌われていたと思っていたらしい彰人は、自分が嫌われていないと分かって安心したように目を細めると、だったら何故避けられていたのかその理由を追求してきた。本気で嫌いになっていないという彰人に対する本心をつかれ「…そうだよ」と悠哉はつい本音で返してしまう。
三年前だって彰人のことは嫌いではなかった。むしろ昔の自分に似ていたため、どこか放っておけない存在だったぐらいだ。悠哉にとって彰人は数少ない『自ら自分が関わろうとした人物』だったのだ。
「お前から酷く嫌われていると思っていた俺も壮大な勘違いをしていたんだな、お互い様だ」
「おい、勘違いするなよ。別にお前がそういう意味で好きなわけじゃないからな?誰かに告白されるのとか初めてで戸惑っただけで…」
「ああ、わかってる」と頷いてみせた彰人の顔がどこか嬉しそうなニヤついている表情をしており、そんな彰人に悠哉は無性に腹が立った。誰のせいでこんなに取り乱してしまったと思っているんだ、こんなことならあの時みたいにお前なんか大嫌いだと言ってしまえばよかった、二度と関わろうと思わないほど嫌われてしまえばよかった、と悠哉は心の中で後悔した。
しかし今から後悔しても手遅れだったようで、彰人は悠哉の事を諦めるつもりなどさらさら無いようだ。むしろ悠哉の態度に少し自信をつけてしまったように感じられた。
――無駄なのに、俺が好きなのはあいつだけだ。
「それに俺には…」
「悠哉?」
悠哉が言葉を紡ごうとしたその時、誰かに名前を呼ばれたことにより遮られた。視線を玄関の方へ移すと、そこには陽翔が立っていた。難波との話が終わったのであろう陽翔は、悠哉が彰人と共にいることに対して状況が上手く掴めていないようだった。
「俺は邪魔者みたいだから帰るよ、じゃあな悠哉」
彰人はぽん、と悠哉の頭の上に自分の手を乗せさらりとひと撫でした。しかし、すぐにその手を離してしまうと陽翔のことなど見向きもせずに彰人は歩いて行ってしまった。悠哉はというと、ただ呆然と校門へ歩いて行く彰人の後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「ほら、カバン」という声でハッと我に返る。陽翔は地面に置いてあった悠哉のカバンを差し出した。
「今の人って神童先輩だよね?」
「あ、ああ」
悠哉の返答に対して陽翔は「そっか」とあっさりとした言葉を返し、特に詮索もせずに「ほら、行こ?」とすたすたと校門の方へ歩いて行ってしまった。しかし、悠哉には一瞬だけ陽翔の表情が曇ったように見えた。悠哉は不審に思いつつも、自分の気の所為なのだと深く考え込まず何も言わずに陽翔と後へと続いた。
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