9.文化祭

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 あれから陽翔と別れた悠哉は彰人を探していた。人が多いがあの高身長なら目立つだろう、そう思い人混みの中を探し続けるが彰人の姿はどこにも見えない、悠哉を探しにどこまで行ったのか分からないが結局彰人の姿は一向に見つからなかった。  人酔いしてしまった悠哉は一旦人気のない場所へと行くために二階の旧校舎へと足を運んだ。ここなら空き教室しかないため人はいない、悠哉は理科室の扉を開けると中へ入った。 「彰人のやつ、どこ行ったんだよ…」 「神童なら那生と一緒にいるよ」 「っ!?」  突然背後に人の気配を感じ、悠哉は反射的に体を反転させ後ろを振り返る。するとそこにはニコニコとした笑顔で微笑んでいる御影が立っていた。  御影は「やぁ」と手を上げると理科室の扉を閉めた。 「なんの…用…」 「そんなに警戒しないでくれよ、傷つくじゃないか」  この前のやり取りのせいで御影に対する警戒心が高まっていた悠哉は一歩、また一歩と後ろへと下がる。那生が文化祭に来ているということは必然的にマネージャーである御影もこの場に来ていることになる、分かっていたけれどまさかまた会うことになるとは思ってもみなかった。 「今も言ったけど神童なら那生と一緒だから会わない方がいいと思うよ、君も傷つくだろうしね」 「那生と一緒って…彰人は俺を探してるはずだ、那生と一緒だろうが俺は彰人に会いにいく」 「あれ?この前よりも随分と元気じゃない?」  顎に手を当てた御影はとぼけた態度でそう言った。やはりこの男、どこか不気味で気味が悪い。何を考えているのか御影の態度からは全く読み取ることが出来ず、一刻もはやくこの場から逃げたかった。 「悪いけどあんたに構ってる暇はないんだ」  悠哉は御影から顔を背けるとそのまま横を通り過ぎ扉に手をかけた、その時だった。 「…っ!?何すんだ?!」  御影に腕を強く引かれ、壁に追いやられる。強い力で腕を掴まれ抵抗できない。 「君に邪魔される訳にはいかないんだよ」 「は…?」  御影の顔から笑顔が消え、悠哉を見つめる瞳が冷たく色を帯びている。先程とは全く違った御影の様子から背筋に悪寒が走った。 「君の存在が那生の幸せを邪魔してるんだ、だから大人しく俺の言うことを聞いてくれないかい?」 「俺が邪魔してるってどういう事だよ…?俺にはあんたの言いたいことが分からない」  御影の目的が分からない悠哉はとにかく今の状況を何とかしなければと思い「あんたの目的はなんなんだ?」と御影に問う。  すると御影は「君と神童の仲を割くことかな」と不敵に口角を上げた。 「俺と彰人の仲を…?」 「そう。那生は心から神童のことを愛しているんだ、別れた今も変わらずね。那生の幸せは神童のそばに居ることなんだ、実際に神童と付き合ってた頃の那生は本当に幸せそうだったよ。だけど君がいるせいで神童は那生とよりを戻そうとしない、君の存在が那生の幸せには何よりも邪魔なんだよ」  掴まれている腕にじりじりと力が込められ、悠哉は痛みから顔を顰める。  なんとなくだが、この男の目的がわかったような気がした。御影は鼻から悠哉の事など好きではなかったのだ、御影は彰人と那生のよりを戻すために彰人が好意を寄せている悠哉の事を自分のものにしようとそう考えていた、そうすれば彰人は悠哉のことを諦めまた那生と付き合い始めるだろう、御影はそう思ったのではないだろうか、と悠哉は推測した。 「あんたは那生のことが好きなんだな」  悠哉の言葉に一瞬目を丸くした御影はふっと微笑むと「そうだよ」と目を細めた。 「那生は俺にとって何者にも言い表せない存在なんだ。那生がいるから俺がいる、俺は那生に生かされている」  御影は愛おしそうな表情を浮かべ淡々と言葉を述べていく。そんな御影のことを悠哉は異常だと思った。この男は那生のためなら何でもするのだろう、どんな手段を使ってでも那生の幸せを優先する、しかし悠哉はこの男の考えに納得できなかった。 「那生はそんなこと望んでないんじゃないのか?俺は那生と少ししか話したことは無いけど、那生は真っ直ぐとした芯の通った男だと思う。そんな那生があんたの手を借りて彰人を手に入れても喜ばない、俺はそう思うよ。それに那生の幸せを願っているならあんた自身が那生を幸せにしようとは思わないのか?」  御影は悠哉の言葉にはっと鼻で笑うと「愚問だね」と言葉を続けた。 「確かに那生はあんな偉そうな態度をしているけど善人すぎるぐらいの人間だ、俺のしていることを知ったら怒るだろうね」 「じゃあなんでこんなこと…」 「君になら俺の気持ちが分かると思ったんだけど」  「俺になら…?」と悠哉は思わず眉を寄せる。自分になら御影の気持ちが分かるとはどういう事だろうか。 「君は前に自分は神童には相応しくない、そう言っていたよね?つまり自分には神童を幸せにすることは出来ない、そういう意味にも捉えることが出来る」 「それは…」  確かにあの時の悠哉は那生の存在が大きすぎて彰人のことを幸せにする自信が自分にはなかった。那生の方が彰人には相応しい、そう思って身を引こうと考えたぐらいだ。 「それなら俺と君の意見は一致するはずだよ、俺も君も相手の幸せを一番に願っているけど自分にはそんな資格はない、だから別の方法で実現するしかないんだ」  そう言った御影の瞳には光がなく、なんて悲しい瞳をしているのだろうと悠哉は思った。御影は那生のことが好きなのに、自分自身の気持ちを閉じ込めて那生の幸せを何よりも優先しているのだ。自分には那生を幸せにすることは出来ないから。  御影の考えを理解出来てしまう自分がいた、自分もこの間まで御影のように自分の気持ちを閉じ込めようとしていたから。けれど今の悠哉は違った。 「俺はあんたとは違うよ、俺は彰人が好きだ。だから那生になんて渡してやらない」  御影は驚いたように瞳を大きく見開くと「この間とはまるで別人じゃないか」と呟いた。 「参ったな、これじゃあ話が進まない」 「そうだな、だから諦めてくれ。俺はあんたに何を言われようが彰人のことを譲る気もないし、あんたと付き合うなんてもっとごめんだ」  悠哉は御影に向けて力強く言い放つ。すると突然御影に腕を強く引かれ抱きしめられた。 「…っ、離せ…っ!!」 「全く嫌になるよ、君が那生に見えてきた」  悠哉が抵抗しても御影は腕を緩めることなく、それどころか抱きしめている腕には力が込められる。 「馬鹿みたいに真っ直ぐなところ、本当に那生そっくりだ。特にその生意気な目」  御影の顔が悠哉の首筋にうずめられ「まぁ那生のかわりとしては最適かな…」と首筋に唇を当てちゅぅっと音を立て吸われる。途端にゾワっとした寒気が全身を覆い「くそっ…やめろ…っっ」と足で御影のことを蹴るが全く効果はなかった。 「そんなことしたって誰も幸せにならない…っ、こんなのお前の自己満足だ…っ!」 「自己満足…それもそうかもね、だけど俺にはこうするしかないんだよ」  御影の気持ちは痛いほどわかる。好きな相手が近くにいるはずなのに遠い存在で、そんな相手に自分なんてつり合わないと思ってしまうほど自分に自信がなくて…結局は自分の気持ちを塞ぎ込んでしまう、自分が傷つきたくないから逃げてしまうんだ。 「俺だって彰人のことが好きだって自覚した時どうしようもないぐらい自分に自信がなかった、だけど俺は彰人が好きで…彰人が他の誰かのものになる事が耐えられない…っ、あんただってそんなに那生のことが好きなら那生が取られてもいいのか?それともあんたの那生に対する気持ちはそんなものなのか?」  次の瞬間、御影は「そんなわけないだろ…っ!」と声を荒らげた。 「俺は那生のことを心から愛している、その気持ちは誰にも負けないよ」 「だったら…」 「わかったような口聞かないでくれ、所詮君には俺の気持ちなんて分かるはずがない」  悔しさや怒りが入り交じったような声で御影は呟いた。そして御影の右手がするすると悠哉の身体を撫で下ろす。 「御影…っ!あんたは間違ってるよ…っ、那生のこと愛してるんだろ…?だったら那生のこと真正面から愛してやれよ…自分の気持ちから逃げんなよ…っ!!」 「悠哉の言う通りだっ!!」  突然扉が勢いよく開き、そこには険しい表情をした那生が立っていた。そして、那生のわきから「悠哉…っ!!」と息を切らした彰人まで現れる。 「那生…」  御影は呆然と那生の姿を眺めている。彰人はそんな御影の胸ぐらを勢いよく掴むと拳を振り下ろそうとした。しかし彰人の拳は御影に届くことなく、ぱしりと那生に止められてしまう。 「殴るな」 「…っ、邪魔するな、俺はこの男を殴らないと気が済まない」 「お前が殴る必要はない」  そう言うと那生は拳を強く握りしめ御影の顔を殴りつけた。殴られた衝撃によって御影はどさりと床に転がると頬を押さえ「酷いじゃないか那生」と微笑んだ。 「暴力は良くないよ」 「はっ、知るかよ」  何故那生がここに居るのだろうか、と目の前の状況についていけない悠哉はふと頭を上げ彰人の顔を見た。悠哉の視線に気づいた彰人はグッと眉を寄せ、悠哉の肩を抱き寄せた。  そんな二人のことなど見えていないように、那生は御影に向けて言葉を続ける。 「お前、何してたんだ?」 「何って、愛し合ってただけだよ」  那生は御影の胸ぐらを掴むと「くだらねぇ冗談言うなよ」と一際低い声で威嚇した。それでも御影はヘラヘラとした笑顔を崩すことなく那生の事を見上げている。 「お前は無理やり悠哉を犯そうとした、違うか?」 「違わないね」 「お前らのやり取りは最初から全部見てたけど、お前が俺のことが好きだったなんて聞いてないぞ」  那生の言葉に彰人は「ちょっと待て」と言い悠哉の肩から手を離すと、那生の方へずんずんと詰め寄っていく。 「お前最初から二人のやり取りを見てたのか?」 「おわ…っ、なんだよ急に?そうだけどそれがどうかしたのか?」 「それならもっと早く割って入れただろ!」  彰人は那生に声を荒らげると「何故悠哉が襲われそうになっている直前で中に入ったんだ、俺が見たところでは御影が悠哉に抱きついて体をまさぐろうとしていたぞ?そうなる前に助けられただろ」と今にも那生のことを殴り掛かる勢いで言葉を吐いている。 「はぁー?俺だって手遅れになる前に助けるつもりだったし、現にそうしただろ?それにそんなはやく俺が割って入ったらこいつの本音聞けなかったし」  那生はイラついた口調でそう答えた。それでも納得がいっていない彰人は「そんなことよりも悠哉の方が大事だろ」と那生を攻める気持ちは変わらないらしい。  悠哉はいつまでも那生と言い合っている彰人の肩を掴むと「もういいって彰人、那生は助けてくれたんだし」と彰人を止めに入る。 「悠哉…」 「全くなんで俺が怒られないとなんだよ…そもそもこいつが全部悪いだろ!!」  那生は胸ぐらを掴まれている御影に視線を戻した。 「第一、俺の幸せを叶えるために悠哉と彰人の仲を割くってどういうことだよ…っ!誰がそんな事頼んだっていうんだよ…!俺はそんな汚い真似してまで彰人と付き合いたくないし…そんなこともお前は分からないのか?」 「そうだね、那生はいい子だからそう言うと思ったよ。でも俺はそうでもしないと自分を保てないんだ、俺みたいな存在は影で手を回して自分のおかげで那生が幸せになっていると思わないとやっていけないんだよ」  御影は力なく微笑んでいる。全てを諦めている、そんな表情にも見えた。 「お前自身が那生を幸せにしようとは思わなかったのか?」  彰人は鋭い瞳を御影に向けながら問いかけた。 「俺は悠哉のことが好きだ、心から愛している。だから俺が悠哉のことを幸せにすると決めている。誰かを陥れるような姑息な真似ではなく、大きな愛で悠哉のことを包み込んで幸せにしてやろうとそう思っている」  平然と小っ恥ずかしい言葉を述べる彰人に悠哉の耳はみるみるうちに赤くなっていった。彰人の突拍子もない発言に「お前そんなキャラだったか…?」と那生は完全に引いており「はははっ、これは傑作だね!」と御影に至っては大笑いしている。 「何故笑う…っ、やはり俺はこいつを殴らないと気が収まらない」 「まぁ待てよ彰人、確かに彰人の今の発言は笑っちまうぐらいキザで恥ずかしいかったけどお前に笑う権利なんかねぇよ」  那生は拳を握りしめた彰人のことを制止すると御影の胸ぐらを離した。どさりと床に倒れ込んだ御影は笑顔を崩すことなく黙って那生のことを見つめている。 「裏でねちねち手を回して勝手に自己満足で気持ちよくなってるお前なんかよりも彰人はずっとかっこいいよ」 「…そうだね、わかってるよ」 「なぁ、なんで俺に何も言ってくれなかったんだ?ずっと俺への気持ちを一人で抱え込んでたんだろ?俺が彰人や他の誰かと付き合ってた時だってお前は笑顔で応援してたのに、本当は俺のことを好きだったなんて…なんで黙ってたんだよ…?」  那生はまるで理解が出来ないというような表情で御影に訴えかけた。 「言えるはずないだろう、俺の気持ちを君に伝えたところで君と付き合える訳では無いし、それにそのせいで君との関係が悪化する恐れもあったんだ」  悠哉には御影の言い分を理解することが出来た。那生には別の想い人がいるのだから振られる前提で告白などしないだろう。そして告白することで関係が崩れてしまうのではないかと恐れるのも当然だ。  すると「そんなこと分からないだろ…っ!!」と突然那生が大声をあげた。 「なんで告白する前から諦めてんだよ…!お前が俺の事好きだって言ってくれたら俺の気持ちだって変わったかもしれないんだぞ?俺のこと真剣に愛してくれたら俺だってお前のこと愛したいって思ったかもしれねぇのに…っ」  那生は悔しそうに顔を顰めた。そんな那生の姿を目の前に、この男はなんて前向きなのだろうか、と悠哉は思わず感心してしまう。自分には到底できないような考えに那生の心の強さを思い知らされた気分だった。那生は美しいだけの男ではなく、常人離れした強さまでも持ち合わせていた。 「…っ、君は全くおかしなことを言うね…君が俺のことを好きになるはずないだろう?」 「はぁ?そんなの分かんねぇだろ?恋愛なんて何が起きるか分かんないんだし、まず最初から諦めてるところが理解出来ねぇ、お前らもそう思うだろ?」  那生はくるりと振り返ると、悠哉と彰人に同意を求めてきた。「そうだな、本当に相手のことが好きならそう簡単には諦められないだろう」と頷く彰人に悠哉も「那生の言う通りだ」と那生に同意する。正直那生のように前向きな思考を持ち合わせていない悠哉には少々理解に悩む内容だったが、ここで否定したら面倒くさくなるだろうと予想しわざと合わせることにした。 「だろ!?」 「…君たちはなんでそんなに前向きなんだ」  御影は頭をおさえ「ほんと嫌になる」と呆れた様子でため息をついた。そんな御影の元へ足を進めた悠哉は「なぁ」と口を開き言葉を続ける。 「これは友人の受け売りなんだけどさ、自分の幸せの為に恋をしてもいいんじゃないか?」  悠哉は陽翔から言われた言葉をそのまま御影に向けて伝えた。自分の幸せのために恋をする、陽翔に言われるまで考えもしなかったことだ。 「今までの自分だったら相手のことが好きだから諦めてた。でも今の俺は違う、好きだから諦められない、諦めたくないんだ」  どんなに相手のことが好きだろうが自分には幸せにできる自信などない、自分ではつり合わない、そう思っていた。しかしそんな気持ちよりも彰人のそばに居たいと思う気持ちが強く存在している。俺は彰人のそばに居たいんだ。 「好きだから諦めたくない、か…」  御影はそう口にするとむくりと立ち上がった。 「君みたいな子に愛されたらきっと幸せなんだろうね」  そして悠哉の顔に御影は手を添えると、ちゅっと頬にキスをした。悠哉は何をされたのか理解が追いつかず「は…?」と目を見開き固まってしまう。 「お前…っ!!」 「ほっぺにちゅーぐらいいいじゃないか、全く嫉妬深いのも考えものだね」  すぐさま彰人が悠哉の元へ駆け寄りキスされた方の頬を指で擦られる。そこまでする必要あるか…?と内心彰人に呆れつつもされるがまま彰人のやりたいようにさせた。 「お前悠哉にちょっかい出すなよな」 「なに那生、嫉妬?」 「するかよ、俺に嫉妬させるぐらい惚れさせてみろっての」  那生は肩を落とすと「やばっ時間」と時計の方へ視線を向けて慌てて扉を開けた。 「ステージもうすぐじゃん…!準備しねぇと…っ!ほらお前もちんたらしてねぇで早く行くぞ!」 「…うん、ちなみに終わったら説教?」 「当たり前だろ!?みっちり一時間扱いてやる」  教室を出ようとした那生は「あっ、そうだ悠哉」とこちらを振り返りニヤリと口角を上げた。 「お前、結構いい性格してるよな、気に入った」  那生はそれだけ言い残すと駆け足で教室を出ていった。そして御影も「俺からも一つ、首筋のここ綺麗についてるね」と言い那生の後に続いて教室を出ていく。
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