9.文化祭

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「首筋…?…っ!?もしかして…っ」  彰人はハッとしたように顔を上げると、悠哉の肩を勢いよく掴み首筋へ視線を向けた。 「ちょっ、いきなり何すんだよ…っ」 「くそっ…やはりあの男殴っておくべきだった…」  彰人は唇をかみ締め苦痛の表情を浮かべている。何故彰人がこんなにも腹を立てているのか悠哉には分からず「俺の首筋がどうかしたのかよ…?」と聞く。 「キスマークがついてるんだ、しかもくっきりとな…」 「キスマーク…」  そういえば御影に首筋を吸われたなと今になって思い出す。 「また嫉妬か?」 「これは嫉妬というより殺意に近いな、あの男悠哉のことを無理やり犯そうとしたんだろ?やはり許すことが出来ない」  彰人の整った顔が御影への憎しみから歪んでいく。自分のために彰人はここまでも感情を沸き立たせている、その事実に悠哉の心は甘く満たされていくような気分だった。 「だけどまたお前が助けてくれた、違うか?」 「実際に助けたのは那生だろ?」 「確かに那生の方が先に入ってきたけど、そんなの数秒の差だったろ?彰人のおかげで俺は無事でいられたんだ」  しかし彰人はそんな事ないというような顔で「やめてくれ」と首を振った。 「元はと言えば俺のせいで起きたことなんだ、お前を助けるのは当たり前のことだし、何よりまたお前を傷つけてしまったことがどうしようもなく悔しくて自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだ」  彰人は自分の右手を見つめ、力強く握りしめた。そんな彰人の姿に悠哉の胸はどうしようもなく甘く疼いた。俺のために息を切らして駆けつけてくれた彰人、俺のために怒りを顕にしてくれた彰人、俺はこの男に愛されすぎている。そして自分のせいで自己嫌悪に陥っている彰人のことが愛おしくて、悠哉はこれ以上自分の感情を閉じ込めておくことは不可能だと悟った。 「俺はお前が好きだよ彰人」  悠哉は彰人の顔にそっと手を添えて微笑んだ。やっと伝えることが出来た自分自身の本当の気持ち、俺は彰人の事が好きだ。 「え…っ?」  悠哉の告白に彰人は目を丸め固まってしまっている。まるで今起きていることが信じられないとでも言いたいような様子だ。 「そんなに驚かれても困るんだけど」 「いや、だって…すまない、頭が追いついてないようだ…」  まだ状況を理解していない彰人は悠哉の手を取ると「俺のことが好き…なのか…?」と恐る恐る聞いてくる。 「そんなに信じられない?」 「いや、信じられないというよりも俺は自分の都合のいい夢か幻を見ているのではないかと思ってしまう」 「夢か幻?だったら夢が覚める前に返事を聞かせてもらわないとな」  今の状況を夢だと思い込んでいる彰人が可愛くて、思わず彰人の手を頬に当て目を細めた。 「…っ、本当に俺のことが好きなのか…?冗談とかではなく…?」 「全く疑り深いやつだな、好きじゃないやつとキスするほど俺は軽くないよ」  悠哉は唇を尖らせ、少し不機嫌な態度で答えた。確かにあの時の自分はまだ彰人のことを好きだと自覚していなかったが、彰人以外の人にキスをされたら確実に拒絶していただろう。彰人だったから悠哉はキスされても嫌がらずに応えてしまったのだ。 「そ、そうか…やばいな、嬉しすぎてどんな顔をすればいいのか分からないな…」  彰人は顔を赤くして目を泳がせている。彰人の見慣れない姿に思わず笑いそうになったがぐっと我慢した。 「もっと早く気づくべきだったのに、散々お前のこと振り回して悪かったな。那生と初めて会った時お前に冷たくしたのだって本当は那生に嫉妬してたからなんだ、お前と那生がキスしてるところを見て胸が痛くてすごく辛かった、それに那生の容姿に圧倒されて自分がどうしようもなく惨めになってしまったんだ」  悠哉は今まで抱え込んでいた自分自身の気持ちを全て彰人に打ち明けた。  すると彰人は悠哉の頭に手を添え、ぐいっと自分の方へと抱き寄せた。彰人の腕の中にすっぽりと収まると悠哉の体温は次第に上がっていき、鼓動もドキドキと大きく音を立て始める。 「なんでお前が謝るんだ、それに那生に嫉妬していたなんて俺にとっては嬉しすぎることだ。そうか、あの時から俺のことが好きだったのか」  なんだか途端に恥ずかしくなってしまい「…まぁな」と小さな声で答えた。 「いや、実はもっと前からお前のことが好きだったのかもしれない…陽翔に言われたんだ、もし父さんとの事がなかったら俺と彰人の関係はもっといいものになっていたんじゃないかって。確かにあの頃お前と過ごした時間は俺にとって特別でかけがえのないものだった」  悠哉は顔を上げ、彰人の瞳を見つめた。自分でも分かるほど今の悠哉の顔は相当赤くなっているのだろう。 「お前は俺の父さんへの気持ちは恋に近いって言ってたけど、結局は父親に愛されなかったが故に抱いた子供の独占欲だったと思うよ。俺は父さんに愛されたかった、でもお前のことは愛したいんだ、こんな気持ち彰人以外に抱いたことなかった」 「悠哉…」  恥ずかしすぎて頭が沸騰しそうな気分だった。愛だの恋だのを語るのは小っ恥ずかしくて普段の自分だったら絶対に口にしないだろう。しかし今は伝えなければならないのだ、彰人に自分の気持ちを全て伝える必要があった。 「これが恋なんだってお前が気づかせてくれた、お前は俺に愛を教えてくれた、好きだよ彰人、好き…好きだ」  彰人の瞳が情熱的にゆらゆらと揺れている。彰人の大きな手が悠哉の頬を包み込み優しく撫であげる。彰人の整った顔が目の前にあり、思わずキスしたいと思った。この魅惑的な唇をもう一度味わいたい。  ゆっくりと目を閉じると、数秒もしないうちに彰人の唇がそっと重ねられた。途端に自分の中にぽっかりとあいていた穴が満たされていくような幸福感に包まれる。 唇が離され、目を開けると愛おしそうにこちらを見つめる彰人と目が合う。唇を撫でられるとびくりと身体が反応してしまいサッと顔を逸らしたが、彰人に顎をグイッと上に向かされ再び目が合ってしまう。 「好きだ悠哉、愛してる」  彰人の言葉に全身が沸騰してしまったような熱に包まれ頭がぐらっと揺れた。熱い、熱すぎる。 「彰人…んっ…」  またキスをされた。先程とは違う噛み付くような情熱的なキスに悠哉の身体は立っていることがやっとで、彰人の背中に腕を回ししがみつくような体勢でキスに応える。 すると、彰人に唇を舐められた。突然のことに「ちょ…っ」と声を上げるとそのまま彰人の舌が悠哉の口内に侵入してくる。 「はっ…んぅ…」  突然の刺激に悠哉の頭はくらくらと揺れ目が回ってしまいそうだった。しかし彰人の舌は止まることなく悠哉の口内を犯していき、舌を引っ込めても絡み取られてしまいだらしなく垂れる唾液など最早気にしていられない。こんな情熱的なキス知らなかった。彰人に舌を吸われる度にゾクゾクとした快感が悠哉を襲う。身体がガクガクと震え、下半身が疼いて仕方がない。  息の仕方さえも分からず段々とぼーっとしてきた悠哉は立っていることに耐えられなくなり、がくりと腰が砕けてしまった。そんな悠哉の腰を彰人は抱き「…っ、大丈夫か悠哉?」と支えてくれた。 「んっ…はぁ…はぁ…」 「すまない…やりすぎたな」  未だに息が整わない悠哉は彰人の腕にしがみつきながら「馬鹿…」と彰人から目を逸らし呟いた。 「悪い、お前が可愛すぎて耐えられなかった」 「なんだよそれ…」  なんだかすごくいやらしい事をしてしまったような気がして彰人の顔を直視することが出来ない。 「顔がリンゴのように真っ赤だぞ、本当にお前は可愛いな」 「…っ、うるさい…お前みたいに慣れてないんだから仕方ないだろだろ」  口元を拭い、彰人の胸を押しやり背を向けた。未だにキスの余韻で身体がフラフラとおぼつかないのがみっともなくて、それを誤魔化すために「そういえば今何時だ?」と悠哉は彰人に問いかけた。 「もうすぐで一時になるな」 「うそっ!?もうそんな時間?!」  悠哉は理科室の壁にかかっている時計を確認すると「あと五分で那生のステージが始まる…っ」と急いで理科室の扉を開けて外に出た。 「那生のステージ見に行くのか?」 「当たり前だろ?お前も来るんだぞ」  悠哉の後に続いて彰人も理科室から出ると扉を閉めた。 「俺はいい、お前一人で行ってきてくれ」  否定的な言葉を述べた彰人に対して「お前も来るんだ」と悠哉は彰人の両手をしっかりと握り、青く色を帯びている瞳に訴えかけた。一瞬だけ青い瞳を揺らめかせた彰人は眉を下げ諦めたように微笑むと「分かった」と悠哉の頭に手を乗せた。
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