9.文化祭

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 二人は体育館へ向かうと、あまりの人の多さに思わず足を止めてしまった。 「なんだよこの人集り…」 「そりゃあ白雪那生だよ?国民的大人気モデルのステージなんだからこれぐらいの人集りが出来ても驚かないよ」  突然背後から聞き覚えのある声が聞こえくるりと振り返ると、そこには笑みを浮かべた御影が立っていた。 「お前…っ」  彰人は御影の姿を確認すると、悠哉の前に割って入り御影に威嚇するように「何の用だ」と睨みつけた。 「別に君たちには用はないよ。ただ那生のマネージャーとして仕事をしてるだけだよ」  御影は体育館の入口を指差すと、扉はすでに閉じられておりそこには数人の大人が立っていた。 「那生のステージってもう始まってる?」 「そうだね、今始まったところかな」 「じゃあなんで体育館の前にこんなに人がいるんだよ?中に入らないのか?」  悠哉の質問に「君もおかしなことを言うね」と御影は薄く笑った。 「中に入らないんじゃない、入れないのさ。整理券は八百枚、もちろん無料だけど配り始めて数分で完売してしまってね、整理券がないと中に入れないからせめて声だけでもと思って体育館の前で待機してる人が多いんじゃないかな」  御影の説明に悠哉は「なるほどな」と納得してしまった。確かに那生ぐらい人気のある人間のステージなのだから、体育館に収まらないぐらいの人が見に来るであろう予想はつくはずだ。整理券を配って人数制限をもうけるのも当たり前だと今になって気がついた。 「そうか、残念だが来るのが遅かったみたいだな。悠哉戻るぞ」 「ちょっと待ってくれないかい?」  彰人は悠哉の手を取り来た道を戻ろうとしたが、御影の声によって制止された。 「なんだ?もうお前とは関わりたくないんだが」 「そんな怖い顔しないでよ、君達二人が来たら中に入れるように那生に言われていたんだ。まぁ、関係者として特別だからこれは他言無用でね」  御影は人差し指を口元に当てるとにっこりと微笑んだ。思いがけない御影の言葉に、悠哉は彰人の手を振りほどき「本当か!?」と御影に詰め寄った。 「うん。あ、でも自分たちだけが特別扱いされることに良心が痛んだりするかい?」 「は?全然。むしろラッキーだと思ってるけど」  何故那生が二人を入れるように御影に頼んだのかは分からないが、これは自分たちにとって好都合ではないか。整理券が取れなかった人達には悪いが今はそんなことも気にしていられなかった。 「君って完全ないい子ちゃんじゃないところがむしろ好感持てるよね」 「おいお前、やはり悠哉に気があるんじゃないのか?」  彰人はぎろりと睨みをきかせると「俺はお前を許してないからな」と御影に静かな怒りをぶつける。 「はははっ執念深い男はほんと嫌だね、それに君の方こそ那生に未練あるんじゃないのかい?久しぶりに那生の姿を見てあの頃を思い出したりして」 「そんなことある訳がないだろ、俺は悠哉しか見ていない」  彰人のストレート過ぎる言い分に「君って本当に面白いね」と御影は笑いを含めてそう言った。そんな二人のやり取りを悠哉は顔を赤くして聞いていた。これからも彰人の無自覚な口説き文句に耐えなければならないのかと思うと目を瞑りたくなるが、それでも彰人の愛なのだから、どんなに恥ずかしくても受け止めなければな、と自分の事を愛してやまない男の顔を見て改めてそう思った。
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