9.文化祭

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 体育館に入るとステージは既に始まっており、マイク越しの那生の声が耳に入った。しかし、人が多くこれ以上前へと進めなかったため遠目でしか那生の姿を捉えることが出来ない。 「君すごいこと聞くね?そういう話って事務所NG出てたりしないの?」  途中から入ってきてしまったため那生が今何の話をしているのか分からなかったが、一人の生徒がマイクを持ちその場に立っているため那生への質問コーナーといったところだろうか。 「今は恋人いませんっ!」  那生がそう言い切ると、会場はざわめき「彼女いないの?!」「うそぉ!」と女性たちからの歓喜の声で包まれた。 「じゃあ今好きな人はいますか?」  マイクを持った女生徒が興奮気味に質問を重ねると、那生は顎に手を当て悩んでいるような素振りを見せた。 「いる…けど振られた」  「えっ!?あの那生が?!」とまたもや会場がざわめいた。仮にも人気モデルなのだからそういう話は控えるべきでは無いのだろうか、と悠哉は不安に思ってしまったが当の那生は平気な顔で話を進めている。 「そう!この俺が振られたの!やっぱりおかしいよな?!」  那生は語尾に力を入れ同意を求めた。そんな那生の問いかけを受け「おかしい!」「那生を振るなんて有り得ない!」「それなら那生俺と付き合ってくれ!」など様々な声が上がった。 「諦めちゃったんですか?」  マイクを持った女生徒は恐る恐る那生に問いかけた。 「諦めた…うーん…まぁそうなるな」 「あの…っ、私ついこの間失恋してしまって…だけどずっと彼のことが忘れられないんです…どうすれば彼のことを忘れられるでしょうか…?」  女生徒の質問に那生は「失恋!?俺と一緒じゃん!」と指をパチンと鳴らし言葉を続けた。 「別に忘れる必要ないんじゃねぇの?そいつとの思い出が自分にとって最悪なものなら他に彼氏作ったりして忘れようとすればいいけど、忘れられないほど好きだったんだろ?なら無理に忘れようとしないで自分の中にいい思い出として取っておけばいいよ。俺だったらそうするし、その方が断然楽じゃんか」  那生の言葉に女生徒は感銘を受けたような声色で「…っ、ありがとうございます…っ」と那生に対して頭を下げた。  悠哉も女生徒と同様に那生のこの言葉に感銘を受けていた。いい思い出も悪い思い出と共に蓋をしていた悠哉にとって、那生のこの考えはまるで盲点だった。那生の言う通り、無理やり忘れてしまう必要などなかったのかもしれない。 「まぁそれでも失恋したことは悔しい、だからあいつが後悔するぐらいいい男になってやるんだって俺は思ってる。お前も元カレを後悔させてやれよ」 「…はい…っ!」  女生徒が頷くと、周りから拍手が送られた。那生の考えに同意した者、そして女生徒を応援する意を含めた拍手なのだろうと感じられた。 「だってさ、後悔するなよ」 「後悔なんてするものか」  彰人の脇腹を肘でつつくと、彰人は悠哉に顔を向けふっと微笑んだ。
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