9.文化祭

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「あ、あーあー、涼井悠哉ー!今すぐステージ裏に来い!」  ステージが終わると生徒たちは一斉に入口へと足を進めた。悠哉と彰人も同様に体育館から出ようとした時、那生の悠哉を呼び出す声が聞こえてくる。 「…那生って本当に自分勝手なやつだな」 「全くだ」  那生からの急な呼び出しに悠哉は半ば呆れた態度で肩を落とした。彰人もやれやれと苦笑している。 「ちょっと行ってくるよ、お前はどうする?」 「悠哉のことを呼んでるんだから俺がついて行ったら確実に怒られる。適当にここら辺にいるから行ってこいよ」  彰人に軽く背中を叩かれた悠哉は「分かった」と頷きステージ裏へと足を進めた。   「で、俺に何の用だよ」  悠哉がステージ裏まで足を運ぶと、椅子に腰をかけた那生が呑気にスマホをいじっていた。長い足を組み、スマホを眺めているその姿はドラマのワンシーンなのでは無いかと思ってしまうほど絵になっている。 「おっ、やっと来たな」  那生はスマホから顔を上げ悠哉に視線を向けると「お前も座れよ」と自分の近くへと手招きした。  周りには数人の大人がいるが、何やら話し込んでいるみたいで悠哉の存在など見向きもされていないようだ。 「ほんとお前って自分勝手だな」  那生に言われるがまま悠哉は那生の隣に腰を下ろすと、小さなため息をついた。 「自分勝手ってなんだよ」 「だってそうだろ?わざわざマイクを使って俺を呼び出すなんてさ、周りの目も気にしろよ」 「だってそうでもしないと悠哉との連絡手段がないんだから仕方ないし、一々周りの目なんか気にするなよ」  自分の考えを一切曲げない那生の態度に、なんだか幼い子供と接しているような気疲れを覚えた。やはり那生は幼稚な男なのだと悠哉は再認識する事となった。 「それで?俺を呼び出した理由は?」 「あー、そうそう。結局あの後彰人とは上手くいったのか?」  想像よりもはるかにしょうもない質問に「そんなこと聞くためだけに呼び出したのか?」と悠哉はつい目を細めてしまった。 「そんなことって…だって気になるだろ?」 「だったら俺じゃなくて彰人に聞けよ」 「彰人は俺のLINEブロックしてるから連絡取れないんだよ、それにお前と二人で話したかったし」  初めて耳にした話に小さな衝撃を受ける。彰人は那生との連絡手段を絶ってしまうほど、那生の存在を遠ざけたかったのだろうか。それとも恋愛なんてそんなものなのか、悠哉には彰人の本心など分からないが、今の話を聞いて彰人にとって那生がどのような存在だったのか気になってしまった。 「お前と彰人ってなんで別れたんだ?」 「それ俺に聞くか?やだね、教えねぇ」  那生はべっと舌を出し悠哉の質問には答えてくれなかった。別に減るものでもないのにケチなやつだなと不満を抱えつつも、那生にとってはあまり思い出したくないことなのかもしれないと思いこれ以上詮索することはしなかった。 「でも今日の彰人を見て正直めちゃくちゃ驚いた、あんなに愛に溢れた男だなんて俺は知らなかった」  那生は目を伏せ長いまつ毛をゆっくりと動かした。 「俺にはあんな姿見せてくれなかったにさ、その時点で彰人は俺の事を本当に愛してはくれてなかったんだな」  先程まで意気揚々と話していた那生の見慣れないしおらしい姿に言葉が出てこなかった。自分が何を言っても嫌味に聞こえてしまうのではないだろうかという考えが頭をよぎりなかなか言葉が出てこない。  そんな悠哉に気がついた那生は「お前がそんな顔すんなよ」と悠哉の頬を抓った。 「何すんだよ…っ」 「お前が変な顔してっからだよ。別にお前が気に病むことじゃないしな、俺が彰人のことを惚れさせられなかった、それだけだ」 「彰人は本当にお前に惚れてなかったのかな」  悠哉がボソリと呟くと、那生は「…どういうこと?」とぽかんとした様子で聞いてくる。 「いや、俺が言うと完全に嫌味に聞こえるんだけどさ、お前彰人と半年間付き合ってたんだろ?彰人は長続きするタイプじゃなかったみたいだし好きでもない相手と半年も付き合うのかなって」 「そんなの彰人の気まぐれだ、俺の顔が特別良かったからとかそんな理由で半年もだらだら付き合ってたんだろどうせ」  ツンとした表情のまま頬杖をついた那生は「顔がいいとほんと困るよ」と自己肯定感の塊のようなことを口にする。まったくどれほど自分に自信があるのかと呆れてしまうが、そんな那生の前向きさに彰人は惹かれたのではないだろうか。  「俺はお前のこと好きだけどな、もちろん顔じゃなくて中身の方」と言って悠哉は那生の胸あたりを指でトンと叩いた。 「お前は確かに自分勝手で子供っぽいところもあるけど、稀に見ない前向きさと強さを持ってると俺は感じたんだ。一本の芯が図太くお前の中には存在してる、そんなお前の真っ直ぐなところが俺は羨ましいとも思うよ」  自分には持ち合わせない那生の凄さを指摘すると、那生は元から大きいはずの瞳をさらに見開き悠哉の顔を見て固まった。  そんな那生の様子を不審に思った悠哉は「どうしたんだよ?」と首を傾げる。 「いや、お前そうやって彰人のことも口説いたのか…?」 「は?」  瞳をぱちくりと動かした那生は「この人たらし…っ!」と言い悠哉の事を指さし立ち上がった。 「なんだよ急に!?」 「だって急に人を褒めちぎるなんておかしいだろ!この前だって急に褒めてきたし…お前それが無自覚だってなら尚更怖いわっ!」  那生は「おー…怖っ…」と言いながら自分の体を抱きしめた。 「はぁ?人がせっかく褒めてやったのに怖いってなんだよ…!お前が落ち込んでるから気遣ってやったのに…素直に受け取れよ!」 「別に落ち込んでないし…!それにお前に慰められるような俺じゃないんだよ…!!」  那生につられ悠哉も立ち上がり「年上のくせにムキになって大人気ないんだよお前は!」と文句を言う。すると那生も「年下が偉そうに生意気言うな!」と声を上げ、何故だか先程までの空気とは一変していつの間にか言い争いへと発展していた。  そんな悠哉たち二人の元へ「どうしたんだい二人とも?」と御影が不思議そうに駆け寄ってきた。 「御影…もう行かないと?」 「うん、移動する時間だよ那生」  どうやら御影は那生を迎えに来たらしい。「ちぇー」と唇を尖らせた那生はくるりと悠哉の方を向き、胸元に掛けてあったサングラスを手に取って顔にかけた。 「悠哉、お前ぜんっぜん可愛げないけど俺はお前のこと嫌いじゃない」 「は?なんだよ急に…」 「悔しいけど、お前になら彰人のこと譲ってもいいって思ったし…だから幸せにならないとこの俺が許さないからなっ!」  那生は力強くそう言い放った。なんだかあの那生に認められた気がして、悠哉の胸はジーンと熱い感覚に包まれる。 「そうだね、精々俺の分まで幸せになってよ」  いつもの張り付いたような笑顔で御影がそう言うと「お前は反省しろよ」と那生は御影の足を軽く蹴った。
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