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「難波とはもういいの?」
帰り道、代わり映えのしないいつもの下校コースを複雑な心情を抱きながら悠哉は足を動かした。
思いがけない彰人との再会に悠哉の頭は未だに理解が追いついていなかったが、一度陽翔に話題を振り彰人のことを頭の中から消そうと試みた。
「え?あ、うん。週末の予定聞かれただけだから」
悠哉の質問に陽翔は微笑んで返した。この様子だとどうやら週末はデートの予定があるのだろうと推測出来た。デートの約束ぐらいLINEで出来るのにわざわざ陽翔を引き止めて聞くところが悠哉の癇に障った。まるで自分から陽翔を引き離そうとしているようで難波への嫉妬心がますます溜まっていく。
「はぁ…」とついため息が漏れる。今までは陽翔と一緒にいるだけで心が休まるような気持ちになれたのに、今は逆だった。陽翔といると嫌でも難波のことを思い出してしまって、親友の幸せを喜んでやれることが出来ない自分が憎くて堪らなくなる。
二人は特に会話をすることもなく足だけが動いていく。その間も悠哉はぐるぐると余計なことを考えてしまっていたが、いつの間にか家の前まで来てしまい我に返った。自然とポストに手が伸びるとガサゴソと溜まっている郵便物を出す。すると悠哉はふいに強い視線を感じた。
「なに?」
悠哉はくるりと振り返り、陽翔に問いかけた。「え?!」と大袈裟に驚いている陽翔の様子から、無意識に自分の事を見ていたのだろうと悠哉は思った。あたふたと取り乱す陽翔の姿は滑稽で、これだから陽翔には飽きないんだよ、と悠哉は心の中で失笑する。
「えーっと、悠哉顔赤いけど大丈夫かなーって思ってさ」
陽翔は頬をかき、言いずらそうに悠哉へ指摘した。悠哉は途端にバッと顔に手をやり、なるべく自分の顔が見えないように隠した。まさかさっきの名残がまだ残っているのか…?と思ったが、確かに自分の手に伝わる体温は普段よりも高いような気がした。
「熱、あるかも」
「やっぱり?ちょっと触るね」と陽翔は悠哉のおでこに手を伸ばした。生暖かくしっとりとした陽翔の手に触れられ、なんだか懐かしい気持ちにされられる。
「やっぱり熱いよ、今日はゆっくり休みなよ」
「お前は俺の母さんかよ」
悠哉はボソッと呟いた。面倒見がいいお人好し、悪く言えばお節介、陽翔のそんな面が悠哉にとっては母親のような存在に感じられた。
とにかく先程のやり取りのせいで顔が赤くなっているのではないのだと分かって悠哉は胸をほっと撫で下ろす。彰人に対して変に動揺してしまったのだって、熱があったからなのだと自分を納得させた。きっとそうに決まっている。
「何か欲しいものある?あとで持ってきてあげるよ」
「別にいいよ。そこまで体調悪くないし」
「でも徐々に熱も上がるかもしれないしさ、母さんに何か作ってもらうように頼んでみるよ」
「…お節介野郎」と、つい心の声がポロッとこぼれた。悠哉が体調を崩す度、毎度のことながら陽翔のお節介は度を超えていた。わざわざ学校を休んでまで看病しに来たこともあったほどだ。
「そんなこと言われたって仕方ないじゃん、悠哉は家に一人なんだし、心配なんだよ」
「とにかく、今日はもう大丈夫だから。ピンポンならしても出ねぇから、じゃあな」
悠哉は扉に手をかけ、素っ気なく言い返した。今日は色々ありすぎてストレスが溜まっているのが自分でもよく分かった。それに加え熱もあると来たら今の気分は最悪だった、陽翔のお節介に構っているのも辛いほどに。
悠哉の機嫌が悪いことにいち早く気がついた陽翔は「分かったよ。でも辛かったらいつでも連絡してよ?じゃあ、お大事にね」と手を振り悠哉の家の隣にある自分の家に向かい歩みを進めた。
「はぁ……」
陽翔が帰った途端、どっと疲れが訪れる。悠哉は家の鍵を閉めたことを確認し、玄関に倒れ込んだ。本当に今日は色々あり過ぎて心も身体も不安定にぐらぐらと揺れている。
『お前のことが好きだ、悠哉』
ふと先程の彰人の言葉が脳裏によぎった。端正な顔立ちをした男がこちらをじっと見つめ好きだと言っている。なんで俺なんだ、お前みたいな色男にはもっと相応しい相手がいるはずだろうに、と悠哉は静かに目を瞑った。
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