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13、玉(ぎょく)
陽が死んで3年経った。
光は、陽の葬儀が終わって間も無く早川の養子になった。実子に拘ると時間がかかるので早川はそうした。
海斗は翌年に大学に進学した。K県にいる。
海斗の彼女、文恵ちゃんが良く水川にやってくる。クソオヤジと一緒に境内を掃除している。
海斗の女の趣味は分からない。ぽっちゃりと言えば、「ギリそれな」と言いたくなるほど丸々している。文恵ちゃんは町役場で働いている。土日は海斗が帰ってくるので分かるんだが、平日もこの「お化け屋敷」にやってくる。
そして、文恵は俺のことを「お父さん」と言いやがる。
俺は44歳になった。「稀なる者」でない限りは、俺も終わりが近づいている。「稀なる席」はクソオヤジに取られたんだろう。
未だ俺は「基本のキ」と言われている。
俺は、陽が居なくなってから、よその女と付き合わなくなった。基本のキをやっている。もちろん、祭儀や社務もやる。大幣を降り祝詞、祭祀を唱える。終わりが近づいてきた今になって、「それらしく」なった。
たまは、東京でエステティシャンだ。今年いくつだ?分かんねぇ。
みきは、イタリアで結婚した。帰って来やしねぇ。
俺は田中 翔。俺は勉強ができたのに、凄くすごく出来たのに使い所は余りなかった。
分かってしまって悲しいことがある。
それは、俺は、陽のことが、ずっと好きで結局は片想いだったということだ。俺も心の何処かで分かっていたんだと思う。
だから、酷いことを陽に沢山した。ごめんな。。。。
その日、オヤジが珍しく出かけた。
俺は前々から気になっていた「蔵」の中に入ってやろうと思った。
外からカギが掛かっていた。番号を揃えるやつだ。4桁。大体、誕生日なんだよね。自分、若しくは家族。そうじゃなかったら、キーワードだ。色々、やってみて「3240」(ミズよう)。ビンゴ!鍵は開いた。
中には。。。なんだコレ!糸で製本した本?それも何百冊……千冊はある。俺の足元を猫がうろついている。
ペットまで飼ってたか。うん。。。コイツは後で保健所に持ち込みだ!
座卓の上に開いたままの本があった。その本。。。書きかけだ。この感じはオヤジの日記っぽい。日本語らしいのに読めない。古語だとしても俺は読める。漢文系じゃない。ひらがなの崩字にも見える。
俺は、もう一度、蔵の中を見回した。
蔵の隅に置いてあった30センチ四方の桐の箱が目に入った。正立方体の箱。古い箱だ。金になりそうなら、持ち逃げしようか。死ぬまで失踪しようかな。へへへ。俺は箱の蓋を開けた。
その時、ビシッ!という音がした。
その音は箱の中からじゃなかった。俺の「護り珠」から出た音だった。玉にヒビが入った。
俺の意識が遠のいていく。。。。いよいよ、死ぬのか。。。。。。。後ろから引っ張られるような力が。。。ああ。。。陽は仰向けで死んだ。。。
引っ張られる。
引っ張られる。
その瞬間、急に目の前が開けた!俺は後ろじゃなくて前に倒れていた。目を開いて。膨大な量の記憶が風のように流れ込む。俺の中のカケルが目を覚ました。
ああ、全部思い出した。
穂月はあの女の女官長!カヤノは文部官!カイトは法務部の長だ。あの女の側近の部下だ。
ヒカルは俺の息子!だから衣で見ていなかった。俺にはヒカルの本当の顔が見えていた。なんで早川の息子やってんだよ!
オヤジはヒヒカリという名の他国の者。「衣」は必要ないと自分から売り込んできて、この『囲み』の指揮官に任命された。
『囲まれている』のは俺だ。青の離宮の主、カケル様だ。
任命したのは、あの女。いつもメンチ切って片方の口角上げてニヤリと笑う、あの女。
陽は…高天原の女王!そして俺の女房だ!
やっぱ、不倫じゃんか!それ大罪だろ!決めたテメェがやりやがって!
早川はただの人間。それ以外は在る者。
俺は猫を捕まえて「お前、たまか?みきか?」と凄んでみた。ふふん。さすがに職務に忠実だな。いいよ。猫ちゃんのままで。記憶消去だ!玉を摘む必要もない。
意識不明の猫を座布団の上に置くと箱の中を覗いてみた。
そこには、大きな水晶の玉があった。占術か………?何に使うんだ?
俺の頭は高速回転し始めた。このままでは、玉が割れたこの衣は後1年持たないだろう。半年だ。
俺は博打を打つ。
この衣は、もう使えなくなる。早急に逃げなければ、「高天原の引き」に持っていかれる。高天原に帰ったら裁断で恐らく死刑。
死なねぇのに死刑!
カケルは、蔵にいた形跡を全て消すと鍵も元の数字のずれ具合に戻して、境内の掃除を始めた。
………ヒヒカリにだけは気をつけなければ。あいつは珠に縛られていない。演じるんだ。自分は人間だと信じ切っている田中翔に………・
ヒヒカリは読心する。どうしたらいい?
今はいない!すぐ動けだ!ヤツが帰るまでに手筈を整え、自分で自分の記憶を消す。暗示をかける。それが来たら「衣」を奪還する。
できるのか?やるしかない!
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