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雌蛇ヶ池
ブクブク…ブク。池には小さな気泡が浮かんでいた。そこからずっと下のほうに彼らはいる。
「俺様は雌蛇ヶ池の主、ジャガ神じゃが〜っ!」
「ジャガ神さま、それは知っていますって。誰に対してのアピールですか?」
「うるさい。うるさい。うるさ〜い。俺様は腹が減ったのじゃが〜っ」
桜の季節になると人々が雌蛇ヶ池に集まって来る。それは池の岸に沿って整備されている遊歩道にたくさんの桜が植えられているからだ。桜を眺めるだけでなく、木製のベンチに座って、のんびりと食事している人達もいる。青い空の下、桜の花びらと三色団子がよく似合う、そんな長閑な日々。
「ほら、あっち。水面の向こう側に桜が見えます。お花見しましょうよ」
「俺様は花より団子じゃが〜」
「だったら、ジャガ神さま、水面の上に顔を出してみたらどうですか?」
「なんでじゃが!?」
「お花見に来ている人間たちが何かくれるかもしれませんよ。パンの切れ端とか、おにぎりの欠片とか、お菓子の破片とか?」
「はあ〜っ、俺様がボケーっと口を開いて、パクパクとアホ面できると思っているじゃがー!」
「そんなに怒んないでくださいよ。だって、鯉たちはみんなやっています。お腹が空いているなら仕方ないかと…」
「ふん。アイツらは偉そうにヒゲを生やしやがって。実に羨ましいじゃが〜っ」
「私たちにはヒゲがないですからね。確かに鯉は憧れの存在です」
雌蛇ヶ池では池の主を名乗る自称ジャガ神とその付き人を演じる名もなき鮒が平穏に仲良く暮らしていた。そう、ジャガ神はただの鮒である…。
ポチャン。ユラユラ。
「むむむ」
パクっ。
突然、ジャガ神は目の前のものに食いついた。すると、付き人の鮒は目を見開く。
「えっ、何をやっているんですか!」
「ひょえ〜っ、引っ張られるーっ」
「ああ、ジャガ神さま!」
「助けてじゃが〜っ」
ジャガ神は釣り餌に目がくらみ、竿から垂れ下がる糸の先に付いている針に食いついてしまった。そして、池の岸に向かってグイグイと引っ張られていた。ジャガ神の尾びれはだんだんと遠のいていく。
バシャバシャ。ピチャ。
遂に尾びれが水中から水面の向こう側に出て行った。
付き人の鮒は釣られていくジャガ神を哀しい目で見つめていた。
「なんてことだ。ジャガ神さまが釣られてしまった。でも、これも運命。ちょっと変わった性格だったけど、これからは寂しくなるかもなあ。南無阿弥陀仏…。どうか美味しい煮付けになりますように」
そのとき、チャポンと水面に何かが落ち、池の中を泳いで近づいて来る。
「釣り針が外れたじゃが〜っ」
「あれっ、ジャガ神さま。ご無事でしたか!?」
「うふ〜っ。戻ってきたじゃがーっ」
「ちっ!」
「ん、何か言ったじゃが?」
「いいえ。さすがジャガ神さま、運がとても良いです。どうやら竿の主は鮒釣りに不慣れだったみたいです」
「おおっ、うまいこと言うじゃが…っておい!」
「まさしく轍鮒之急でしたね。まあ、一応無事で何よりと言っておきます」
「お腹が空いたじゃが〜っ」
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