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「恋と愛の違い? 食べられるか食べられないかだよ」
「訊くやつを間違えた」
僕はキーボードを打つ手を止めてホットドッグを頬張る。
目の前に座る恋花はティーカップを持ち上げて口をつけた。彼女が座ればこの小汚い喫茶店ですらレトロな絵画になってしまう。
「だから言ったのに。恋愛小説のヒロインに私は向いてないって」
彼女はカチャリと音を立てて、カップをソーサーに置いた。
羽見恋花。一ヶ月前にこの喫茶店の前で倒れていた彼女は隣のクラスの生徒だった。
顔はうろ覚えだったが、名前は聞いたことがあった。どちらかといえば悪名だが。
「だって男を食い漁ってるって噂だったから経験豊富かと」
「よくそれで頼もうと思ったよね。変わり者だよ、善治くんは」
恋花は苦笑する。そんな表情も美しかった。
──君に恋をするから、僕の小説のヒロインになってくれないかな。
あの日、行き倒れていた彼女に僕はそう提案した。
戸惑ってはいたものの彼女は頷き、結果的に僕と彼女はひとまず彼氏彼女の関係となっている。
今思えばどうしてそんなことを頼んだのかわからない。恋愛小説なんて書いたこともないのに。
いや、まあわからなくもないか。
「見た目は完全にヒロインなのになあ」
「そういう風にできてるんだもん」
見せつけるように薄っすらと微笑む。
それだけで彼女の周りの明度がほんの少し上がった気がした。美少女は景色を変える力があるらしい。
「うちの家系はみんなそう。男も女も美男子で美少女。好きになってもらわなきゃ生きてけないからね」
「なんか大変そうだよな、それ」
「考え方次第だよ。みんなも働いてお金稼がなきゃごはん食べられないでしょ? 私たちはお金じゃないだけ。それに悪いもんでもないよ」
もう一度、彼女は紅茶を口に運んだ。
紅茶の香りが好きらしい。それ以上でも以下でもない。水分補給にもならないのだと前に言っていた。
彼女の栄養になるものはただひとつ。
「恋ってけっこうおいしいし」
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