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「今更だけどさ、頭撫でるか手つなぐだけじゃダメなの?」 「あら、嫌になっちゃった?」 「いや一度した約束は守るよ。これはただの疑問」 「頭撫でる前に手つないどくと満足度上がるんだよね」 「煮込む前にひと焼きすると味染みこみやすい、みたいな感じか」  僕がホットドッグを齧ると彼女はティーカップに口をつける。美少女が僕の向かい側で紅茶を楽しむ光景にもようやく慣れてきた。  毎日放課後になれば手をつないで喫茶店に向かい、同じメニューを頼んで言葉を交わす。  その様子を見たクラスメイトにからかわれたりもしたが、これはデートというより部活に近い。  カップを置く彼女は透き通った茶色の瞳をこちらに向ける。その色にはまだ慣れていない。 「でも私と手つないで頭撫でられるなんて学校の全男子が羨んでるよ。善治くんは幸せ者だねえ」 「別に何とも思わないけど」 「彼氏のセリフとは思えないね」 「まあ僕には何の栄養にもならないし」  やれやれ、と恋花は口に出して首を振った。つやつやと光沢のある前髪が彼女の動きに遅れてついていく。 「善治くんってなんで恋愛小説書いてるの」 「やっぱり僕にはミステリがお似合いかな」 「ミステリが似合う人はブラックコーヒーを頼むもんだよ」  恋花はノートパソコンの隣に置かれたホットココアを見る。  なんだよ。ココアのほうが甘くておいしいだろ。 「まあ善治くんがココア飲もうが龍角散飲もうがなんでもいいんだけど」 「僕、声枯れてる?」 「恋愛小説だけは難しそうだなって思うんだよね」  僕はキーボードに手を置いたまま何も言えない。  確かに小説の進行具合は芳しくなかった。何を書いても読み返してみるとなんだか薄っぺらい気がしてしまうのだ。  結局書いては消してを繰り返しているだけ。 「だって恋愛小説の主人公になれなさそうだもん。私も善治くんも」 「僕も?」 「だって善治くん、私を助けるために付き合ってくれてるんでしょ」  彼女は細くしなやかな人差し指で自分を指差して。 「私にとって、恋愛は食事で」  それから指先を僕に向けた。 「君にとって、恋愛は善意だ」  綺麗な形をした爪で突き刺されたかのように僕は動けなくなる。  その通りだった。僕にはまだ答えが見えていない。  この物語の結末が描けていないから繋ぐ言葉だけが並ぶ薄っぺらい文章になってしまう。 「恋愛って何なんだろうねえ」  ずっと彷徨い続けている迷路の名前を、彼女は紅茶の香りとともに呟いた。
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