2. 不思議な中華食堂

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 店内は明るく5人掛けのカウンター席があり、フロアと座敷には4人掛けのテーブルが二つずつあるだけでした。  カウンターに小学生くらいの坊主頭の男の子と妹らしき女の子がいて、夢中で何かを食べていました。  こんな時間に子供が? この店の子供だろうか。でも男の子は薄汚れた半袖シャツに短パンだし、女の子の方も着古した桃色のワンピース姿で、2人とも服が背丈に合っていなくて窮屈そうに見えます。  不審に感じていると「いらっしゃい!」とカウンター奥から男性と女性の声がしました。60代くらいの2人の夫婦らしき人の姿が厨房にあります。  軽く礼をして奥のテーブルに座ると、割烹着姿の女性が漆塗りの湯呑みを持ってきました。笑顔の優しい小柄な人で、「ゆっくりしていってね」と僕に向かって親しげに微笑みかけました。  湯呑みに口をつけようときた時、中に入れ歯が入っていてギョッとしました。まるで一昔前のコントだなと心の中でツッコミを入れながら女将さんを呼ぶと、「ああっ、主人のを持ってきてしまったわ。ごめんなさい!」と謝って湯呑みを下げ、今度はちゃんと冷たい麦茶を運んできました。  店は古くて狭いし女将さんはとぼけているけれど、居心地の良い場所だな。僕はすぐにそこが気に入りました。  メニューを開くと小籠包、ルースー飯、麻婆豆腐、中華そばなど涎の出そうな料理の写真が並んでいます。どれにしようかなと悩みながら見ていたら、ふと不思議な料理名が目に止まりました。 ーー『先祖代々の焼きそば』  何だか妙な響きだなという印象を抱きましたが、僕はどうしてもその焼きそばが食べたくなりました。何故だか分かりませんが、今すぐ食べなきゃいけない気がしたんです。先祖代々のって位だから、由緒ある製法で作られた特別な焼きそばに違いない。そう思い迷わず注文しました。 「あの、これって量どのくらいですか」  注文をとりにきた女将さんに訊ねると、「1.5人前くらいかしら」と返ってきました。結構多いけれど、お腹が空いてるから余裕で食べ切れるだろうと確信がありました。  料理は15分くらいで来ました。大きくカットされた野菜と肉がたっぷりの想像以上にボリュームがある焼きそばで、2人前より少し少ない位でした。香ばしいソースと上にかけられた青海苔の香りが食欲をそそります。食べきれなかったら持ち帰りもできると女将さんが言いましたが、僕ときたら見栄を張って「余裕ですよ」と答え焼きそばを箸で口に運びました。  一口食べたらこれがもう本当に美味い! 出汁のきいた甘じょっぱいソースと大きく切られた豚肉、少し焦げた麺、シャキシャキのキャベツやもやしと人参なんかの野菜がいい具合に混ざり合って、最高の味に仕上がっています。僕はしばらく時間も感想を伝えるのも忘れて食べるのに没頭しました。美味しいですと伝えると、店主も女将さんも嬉しそうに「ありがとう」と言いました。
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