1. バーの出会い

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1. バーの出会い

 馬鹿みたいに、という言葉が頭を過ぎる。この部署は、年末はいつも馬鹿みたいに忙しい。それ以外の形容が思いつかないほど、頭の中が仕事で一杯になっていた。 「水野ー」  名前を呼ばれ、明るい声だ、といつもの如く思う。はい、と答えて振り返ると、上司の橋本さんが、絶対に自分よりも忙しいはずなのに、それを全く窺わせない明るさで「何か手伝おうか」と尋ねた。  「いや、今のところ大丈夫です」 私は少し無理をして、しかし落ち着いて答える。恐らく今日残業すれば何とかなる。橋本さんにあまり負担をかけたくない、とその表情を見ると、「ん、じゃあお昼休憩は取れよ」と手早くその場を立ち去った。いつ見ても、所作が爽やかだと思う。  昼休憩、取ってないのバレてたな、と思いながら、私は再び振り返って「はい」と返事をした。その時、橋本さんより奥の窓が目に入る。  雨が降っていた。  全く気が付かなかった。目頭を抑え、「やり過ぎても効率が落ちる」という、かつての先輩の言葉を思い出す。雨の音が聞きたいと思い、私は昼休憩に立った。
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