2人が本棚に入れています
本棚に追加
5
「佐野さん、ご飯行きませんか?」
ホワイトボードの文字消し中、耳を突いた台詞に振り向く。視界に収納されたのは、佐野さんと今日会ったばかりの奴だった。
他部署との合同ミーティング――と言う名の残業が、お開きになったあとのことだ。
現在時刻は十八時前で、夕食にはうってつけの時刻と言えよう。俺の腹は、既に二時間以上も前から大騒ぎだけど。
「さっきの説明、実はよく分からなくて。詳しく聞きたいなーって思ってて」
なら、質問タイムで聞けよと心の中で突っ込んでしまう。誘いの口実であると見え透きすぎだ。
ちょうどいいし、隣に座ったかわいい子でも誘ってみよう的な魂胆だろう。けしからん。
「すみません、お断りします」
「えーなんで。奢るし、仕事としてですよー」
既に真っ白なホワイトボードを擦りながら、聞き耳を立ててしまう。
盗み聞きはよくないとは思ったが、気になってしまうものは仕方がない。ばれなきゃセーフ、ばれなきゃセーフ…………
「……ご飯、好きじゃないので」
「あ、じゃあ喫茶店でお茶とかは?」
「あの、種類ではなく……」
いや、だからって困ってるのは見過ごせないけど!
「あの、割り込みすんません。うちの部門のことで分からないことがあったなら俺が説明します! なんで、俺に飯の奢りお願いします!」
我ながら気持ちの悪いニコニコ仮面をつけ、盗聴暴露を堂々としてやる。ナンパ野郎は一瞬苦い顔をして、ひきつった笑いを披露した。
「あー……すみません用事あったの思い出しました。もう一度資料読んで分からなかったら聞きに行きます」
「お待ちしてまーす」
そうして、わざとらしい会釈を残し、早足で部屋を出ていった。
最初のコメントを投稿しよう!