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大樹の葉が風に擦れる、がささ……という音に女が幹を見上げた。咲き乱れる真っ白な花はその美しさを競うかのように。
四方を見渡せる小高い丘の上。吹き抜ける春のぬくもりに、麓の街を行き交う人々の熱気と高揚感が染み込んでいる気がする。
「今年もやってきましたね。『花祭り』の日が」
丘の上に立つ白亜の宮殿。その広い中庭の中央にそびえる白花の大樹にそっと手を添え、女が呟く。建物の外壁に溶け込むような純白のロングドレス。
「……四界皇様」
老いた執事が少し離れたところから敬々しく女に頭を下げる。
「四族の王が罷り越しました。こちらへお連れしても?」
大樹の根本には大きめな木製の円卓が置かれ、5つの椅子が用意されている。
「ええ、よろしくてよ」
四界皇と呼ばれた女が一番の上座へと腰を掛けると、中庭に通じる門から大小4つの人影がゆっくりと現れた。
「ご無沙汰をしておりました。今年もご尊顔を拝することができ光栄に存じます」
四界皇の右隣、最初に着席したのは『人族王・ゲンゴ』だった。大柄で姿勢良く、短く刈揃えられた黒い頭髪と立派なヒゲが儀式用のマントによく合っている。
「ひひひ! ワシもまだ生きておったでのぉ。会えて嬉しいわ」
続けてゲンゴの対面に座ったのは『魔族王・トナエ』であった。烏の如き漆黒の出で立ち。誰もその正確な生年を知らないとされる老婆が、皺だらけの顔でにたりと笑った。
《ギギ……スケジュール 二 変更ナシ ヲ 確認》
低いモータ音とともにトナエの隣へ座ったのは『機族王・ヘルツ』である。
人形はしているものの、全身を磨き上げられたシルバーの合金で固めたその姿は人とも機械とも判別できない。
「オレも暇ではないのでな。下らぬ茶話をしている余裕はない。さっさと終わらせてもらおうか」
最後、四界皇の正面にどっかりと座ったのが『猛族王・ホエル』だ。熊ほどもあろうかと思える巨漢。浅黒い肌は鉄よりも硬いと謳われるオークの末裔。
「まあ、そんな焦らずに。折角、四族の王がこうしてお集まりなのですから。まずはこの満開になった『サンクチュアリの花』を皆様で愛でようではありませんか」
「失礼します」
先程の執事がティーカップを5つテーブルに並べる。漂う、フルーティーな香り。サンクチュアリの花をブレンドした特製の紅茶。
四族の王はこうして年に一度、四界皇と会合を行う習わしがある。そのときに『もうここにしか残っていない』というサンクチュアリの樹が花をつける。通称『花祭り』。
今ではこの会合に合わせ、麓の街では普段はあまり顔を合わせぬ四族が入り混じっての催事や市も行われるようになった。……四族が平和である証として。
「今年もよい香りの茶を淹れることができました。よきことです」
四界皇が金縁の白いティーカップを手にとり、ふふ……と微笑む。そして。
「では『花祭り』を始めましょう」
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