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暗幕の隙間を潜りスタジオに入るとマネージャー日村が腕を組んで立っていた。拓真は頭を下げた。
「やはり蒼井さんは我々の見立て通りの人だ」
「はい?」
「使わなかった」
「あ、はい」
「紺谷も喜びますよ、これで契約は成立です」
「契約成立、ですか」
「蒼井さんは object 紺谷組の一員です」
日村は大きくて厚みのある手を差し出し、拓真の手を強く握った。
「蒼井さんの手は優しいですね」
「そうですか」
「午前中の撮影も大変良かった」
「ありがとうございます」
「明日からドキュメンタリーの撮影も入ります。今度は撮られる側になりますが肩の力を抜いてお願いします」
「はい」
暗幕が捲り上げられ結城紅がスタジオに入って来た。黒いバックスクリーン、藤の椅子に腰掛けた彼女の顔はのっぺりとした表情に塗り替えられていた。
「日村さん」
「なんでしょうか」
「美由さんと仰るんですね」
それを聞いた日村は一瞬驚いた顔をした。
「紅が言ったんですか」
「はい」
「そうですか」
「それがなにか」
「いや、これは私たちが御膳立てする必要はなさそうですね」
「御膳立て」
日村は拓真の肩を叩いた。
「さぁ、時間、時間、蒼井さん入りまーーす!」
眩しいライトの中、結城紅は拓真に向かって微かに微笑んだ。そして赤茶の瞳がカメラのファインダー越しに拓真に語り掛ける。
あなたが好き
あなたが好き
あなたが好き
あなたが好き
拓真はその言葉に応えるように熱くシャッターを切り続けた。
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