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「ーーーーーはぁ」
拓真はカメラバッグをソファの横に置き、大きなため息を吐いて背中から崩れ落ちた。両手で顔を覆い不甲斐ない自分にまたひとつため息を吐く。天井を見上げるとシーリングファンがクルクルと回り、あの夜が脳裏に甦る。
叩き付ける雨、ビニールシート、皮のカメラストラップ、その中のSDカード、 青 の怯える口元。全てがあの夜から始まった。
「おかえりなさい」
その声に驚いて振り向くと黒い日傘をたたみながら、「おかえりなさい」と 青 が玄関扉を開けサンダルを脱いでいる。
「なに、逆じゃないの。ただいまだろう」
「そうね、でも拓真が帰って来たからおかえりって言ってたのよ」
「何処に行ってたの」
「ん、これ」
青 は首から下げた一眼レフを手に微笑んだ。
「撮りに行っていたのか」
拓真はソファーから飛び起き、カメラを受け取ると起動させた。
「うん、金沢城址公園」
「え」
「なに?」
拓真の動きが止まった。
「金沢城?」
「そうよ」
石川県立美術館、赤レンガ倉庫と金沢城址公園は目と鼻の先に位置している。普段から人混みを避け遠出をしない 青 が金沢城、兼六園、で写真を撮っていた。偶然にしては出来すぎていないか。
「なに、なにを撮って来たの」
「睡蓮」
「睡蓮か、青 は睡蓮が好きだね」
「うん」
「花言葉、なんだっけ忘れたよ」
「・・・・」
「なに、覚えていないの」
「清純な心、信仰、信頼、かな」
「そう」
「信頼、信じているわ」
液晶モニターには黄色い睡蓮が瓢池で揺らいでいた。
「ーーーー信じている」
「信じているわ、拓真」
そこで拓真の携帯電話にLINE着信を知らせるバナーが浮き上がった。
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