猫が姿を消したなら

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猫が姿を消したなら

「努力が才能に勝てるわけが無い(笑)」 そうツイートすると、スマホの通知が止まらなくなる。 震えるスマホを握り、振動を体全体に流すと承認欲求が満たされていく。 ツイートに付けられる多くのコメントは誹謗中傷だ。 単細胞なヤツらは「死ね」と現実味も捻りも、ユーモアもないクソみたいなコメントを送ってくる。 メガネをかけた気持ちの悪い奴だと「たいして強い相手としてないくせに」「前回の齋藤戦は絶対に負けてただろ。運営に作られたヒーローのくせに」など見せかけの正論で俺を叩く。 しかしそのようなコメントにはいちいち反応しない。 「まじでその通りだよ。あんたは天才だよ」 「早くチャンピオン殺しちゃってよ」 「上村凛太しか勝たん!!」 画面にうっすらと映る俺の口角が自然に上がる。 そうだ。もっとくれよ。俺は天才なんだよ。 わずか1年ちょっとでフォロワー数は15万人を越え、俺の知名度は格闘技界でもかなり上位になった。 しかし、俺に肯定的なコメントを残すやつのことをアンチ共は「信者」と揶揄する。 「上村のファン、イエスマンすぎて草」 「上村のファンは怖すぎる。あいつが『死ね』って言ったら平気で死にそう。もう宗教だよ」 信者だろうとなんだろうと、俺の決して満ちることを知らない欲求を、足りずとも埋めているのはその信者だ。 彼らに浸る時間はそうでない時間と比べると心地がよく、酸素すらも濃く感じる。 親指を動かすとそれに伴い文字が浮かび上がる。 「アイツらが格闘技の練習をしている時、俺はタバコを吸ってるよ!キャバクラに行ってねーちゃんの谷間に札を挟んでる!けどアイツらは俺には勝てない!!!それが気持ちいいんだよなぁ」 何度か文字を消し、最終的にはこのようなツイートをした。 更に追加で 「てか、現チャンピオンの立岡ってやつまじ顔がキモイ。あれがチャンピオンだと団体としてもキツいだろーな。早く俺がチャンピオンにならなきゃ😎」と。 年に数回試合をし、あとは毎日ツイートをする。 その内容はほとんどが「虚栄」と「中傷」なのだが、俺は知っている。 結局、人ってやつはそういうのが好きなのだ。 どれだけ努力したか。とか、辛い減量の経過だとか。 はたまた、トレーニングの動画だとか。 そういったものよりも、彼らは「本能」的なものをより好む。 スマホをポケットにしまうと同時にで何処不明の不安が全身を襲う。 結果、すぐにスマホを取り出し先程のツイートに対する反応に神経を向ける。 いいねの通知は止まらない。 Twitterのリアクションには「バッド」というものはないから、いいねの通知に心を浸せばゆっくりと満たされていく。 「次は今里〜、今里〜」 車掌の声が車内に響き、電車はゆっくりと速度を落とす。 カバンの中からマスクを探し、右胸のポケットにかけられているサングラスを着用する。 ドアが開き、俺は周りを1度ぐるっと見渡してからゆっくりと歩き始める。 1歩歩く毎に昨夜の練習で痛めた右足首がズキズキと疼く。 練習パートナーとはいえ、試合形式でする実践練習(スパーリング)では相手であり、敵である。 相手の腹を潰す気で放った右ミドルキックは見事に肘で止められてしまい、その結果凛太の右足首はパートナーの肘にめり込んだ。 右足首を出発点に全身に電気が走り、思わず顔をしかめる。 「大丈夫?今ガッツリ肘蹴ったけど」 パートナーの心配顔は凛太の羞恥を過剰に刺激した。 「うん」 それだけ言うと俺はグローブタッチを相手に求めスパーリングを再開する。 1番でいたかった。 練習パートナーはいる。 だが彼らは練習仲間とは違う。 友情や、信頼、団結なんてものは格闘技には必要が無い。 どうせリングに上がれば1人である。 俺は1人で戦うし、1人で勝つ。 現に俺の戦績は13戦13勝8KOとパーフェクトレコードだ。 信者共、俺についてこいよ。 歩くこと5分。 軋む扉を開けると目の前には大きなリングがある。 グローブとサンドバックが擦れる乾いた音が響く。 「よろしくお願いします」なんて口には出さない。
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