猫が姿を消したなら

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指定されたバーに入るとそこには光るネックレスを付けた田中順三が居た。 俺に気がつくと、「おぉ、こっちこっち」と、これまた金色の輝く時計をつけた左手を振った。 1度足元に視線をやり、それから笑顔を取り繕い、田中の元へ向かった。 「お久しぶりです」 田中の横の席に座ると、 「ジントニック。2杯くれよ、1杯はこいつに」と凛太に視線を投げる。 黒いスーツにオールバック。 マスターとやらはカウンターの奥に設置されている棚から酒瓶を選んでいる。 「改めて、お久しぶりです。田中さん」 田中の瞳に映る自分の口角に意識を向ける。 キックボクサーとして生計を立てるためにはスポンサーの存在は欠かせない。 どれだけ派手なKO勝ちをしようと、どれだけ信者が増えようと、それだけでは食べていけないのだ。 「久しぶりやなー。最近店に顔出してくれなくて寂しいで。ミヨちゃんもリムちゃんも『りんたくんは〜?』って毎日言ってるぞ」 「すいません。最近他のクラブで遊んでて、そろそろ顔出しますよ」 こういった時、全てを壊したくなる。 目の前に出された嫌な匂いのするアルコールも、臭い息を吐くおっさんも、自分の中にある感情も、積み上げてきたものも。全てをぶっ壊したくなる。 そんな気持ちとは裏腹に田中には申し訳なさそうにペコペコする俺。 やっぱり、死にたい以上の感情。 殺して欲しい。 そこから感じ取れる弱さで、また、死ぬほど恥ずかしくなる。 俺しか知らないその感情を飼い慣らしながら、 「いただきます」と震える手で出されたコップを持つ。 「なぁ、スポンサーとして言わせて貰うけどさ、俺、結構な額払ってんじゃん?だからさー、うちのキャバにも来てもらって、ツイートして貰わないと困るわ。ツイートしてるやつ、全部初回に撮った写真やん。いつかバレるで?『あれ、嬢の服変わってない?』『いつも同じ服きてるし、メイクも一緒じゃん』って」 すいません。と頭を下げる。 何か自分にとって大切なものが足元にこぼれ落ちた気がする。 バレないように握りこぶしを作り、爪が手のひらに食い込む痛さに、それを誤魔化す。 殺したい、殺したい、殺したい。 そんな憎悪は全身を蝕んで、無性に背中が痒くなる。 「とりあえず、次。いつ来てくれん?それ決めよ。それから楽しい話しようや」 田中の目に鋭い光が宿り、それはまるでライオンがシマウマを狩る時のものに似ていた。 「そうですね、来週、火曜日。11月12日とかどうですか?」 週に一度だけあるオフ。 普段なら考えることを辞める努力をしながら、部屋で寝るだけの1日を、俺は捨てることにした。 背中はどんどん痒くなっていき、それをこらえるのに必死になる。 そんな俺にもちろん気がつかない田中は 「わかった、ほなその日で頼むわ。ミヨちゃんとか用意しとくわな」 とニヤリと笑う。 吐き気がこみ上げ、一度席を立ちトイレへと向かう。
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