食材の魔女

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「魔術師は誰しも『驚異の部屋』を持っとる。しかしそれは必ずしも珍品ばかりを飾ったものではない」  イチボのステーキはそれはそれは美味しかった。  食後、魔女の淹れてくれた紅茶を飲みながらゆっくりと話す。 「持ち主そのもの、なのじゃ。部屋は主の鏡、主自身。魔術師だからではない、誰しもが驚異の部屋を持っておる」  僕の部屋には勉強道具しかない。  この部屋には魔女の物はない。 「へぇ、じゃあやっぱり…」  記念日。実は覚えていたんだ。 「この部屋にとって、魔女さんは混じり物だねえ」  そう言って魔女の前に、大きな薬瓶を置く。  父の部屋に飾られていた、僕の差し出せる中で最も価値があるもの。 「嬰児。魔女さんの代わりにコレ、置こうよ」  薬液に漬けられた僕の片割れを見て、魔女はハッと青ざめた。  そのまま暫く押し黙った後、 「……とても古いお話じゃ。ワシがこの部屋に飾られた時、魔術師は『直ぐ戻る』と言っとった。以来この部屋を訪れるのは、産まれ損なった片割れを持つ者ばかり。本当は双子だったとか、坊の様に身体の一部が残っていたとか」 そっと、薬瓶を優しく撫でながら、 「おじさま……また、ダメだったのですね…」 ボソリと、悲しそうにそう溢す。 「ありがとうの。何はともあれ久々に姿がみれた。なによりのプレゼントじゃ」  ああ、魔女はまだ、待つつもりだ。 「やっぱり……片割れは僕の方だったんだ…」 「ん?」 「ううん、なんでもない」  僕は首を振る。 「もしも嬰児が魔女さんくらい価値あったならさ、僕が嬰児を持ってくれば魔女さんは好きな時にこの部屋を出れるって事でしょ?それなら、魔女さんがどうするか決めるまで一緒にいられるかなって、あはは…」  所詮、相手にされていなかったんだ。 「でも魔女さんは魔術師の事が好きなんだね」 「違うというとろう。とうに疲れ切っとる。はよ出たいもんじゃ」 「じゃ、じゃあ…」 「もちろん試すが恐らくダメじゃろうな。ワシはこの部屋の維持装置なんじゃ」 「ふ、ふぅん、そっか。そうかもね」  自分でも見苦しいくらいに動揺している。 「じゃあさ、もういっそ食材になっちゃったらどうだろう?ほらほら、おなかの肉の角煮丼ってさ?プライスレス。ね?タレに漬かって煮込まれば、晴れて出入り自由の身だよ」  少し自棄気味にそう言った僕に、 「おいおい、何を言っとるんじゃ。坊よ」 半人前の魔女は呆れた顔でローブを捲る。 「もうやっとる」
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