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「魔術師は食事の時、よく珍らかな品を持ち出しては、その品にまつわる物語を弟子に聞かせた。弟子は漸く得心がいった。ああつまりこの老人は孤独なのだと、誰かに聞いて欲しいのだと、そう考えた」
深い傷を負い、ただ死を待つばかりの戦争孤児に魔術師は魔法をかけた。そうして魔術師の弟子となった少女は、しかしいつも失敗ばかり。今日のお屋敷は水浸し、床は箒の死骸だらけ。
そうしてふさぎ込んでも不貞腐れても、魔術師は決して弟子を見放さなかったという。
「幸福に過ごしていたある日、魔術師は弟子をある部屋の前に連れて行く。扉の奥には長年かけて魔術師が蒐集した品がところ狭しと飾られていた」
『驚異の部屋』
蒐められた品々は、半日毎に鳴る鐘の音を合図に納められた時の状態に戻る。
外に持ち出さない限りその魔法は解けない。
持ち出すためには等価以上の品と交換する必要がある。
ひとしきり説明した後、魔術師は少女の肩を押した。
「転生の秘術によって自分が復活するまで、部屋にかかった魔法を維持する装置が必要じゃった」
余計な事をしないよう、弟子には誤った術式しか教えていなかったのだ。
「魔術師はいまだ帰らぬ。とても古いお話じゃ」
つまるところ『半人前の魔女』は、蒐集物が故に、悠久の管理者であるようだ。
「不死って事?ならそれでいいんじゃないの。なんでわざわざ転生するのさ」
「秘術を編み出した時、魔術師は既に老いていた」
なるほど、死にたくないというより、若返りたかったのか。
「もしかして魔女さんと年齢を揃えたかったのかな?」
「からかうな阿呆、こんな目に遭い情などわくか」
憤慨して、可愛らしく頬を膨らませる魔女。
コロコロと動く表情。穏やかな物腰。黒目がちの瞳、そばかすのある鼻、薄い唇。ややクセのある、でも豊かで柔らかな小麦色の髪。半人前でも、十分過ぎる程に魅力的である。
なくはないと思うのだけど。
「下種な勘繰りは感心せんの。罰として今日は生ハムチーズのみじゃ、腹ペコで帰ってしまえ」
心が壊れないように、あくまで客人を歓待する魔女。今日も僕はコナラに空いたウロを通って、魔女の料理を食べ続けている。
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