食材の魔女

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「さて山姥は困惑した。倅を育てるためのキチョタンが、何故か倅を育たいなどと宣う」  お侍を貴重なタンパク源と表現されても。困惑するのは僕である。 「倅の餌が、倅に餌を与えるなどと。しかし結局、山姥は倅を手放した」  有名だが、実はよく知らないおとぎ話。 「何しろ限界じゃった。家は半壊、家財はボロボロ。怪力は齢を追って酷くなる。服や食料蓄財は減り、青あざとエンゲル係数ばかりが増える」  そんな話だったのか。まぁ魔女の事だから少し違ってるんだろうけど。 「これがその赤い前掛け。とても古いお話じゃ」 「え、おしまい?」 「うん、この話を日本人にすると何故かそう言われる」  件の山姥に聞いた話だそうで、その後どうなったのかは知らないとの事。 「えっと、どうなるんだったかな?」 「それも皆に言われる。本当に有名なのか?」  有名は有名なのだが、熊に跨ってお馬の稽古をしてた事しか分からない。見た目と名前が有名なのだと曖昧に答える。魔女は「はぁ」と嘆息した。 「山姥も『何か偉い侍らしいから息子も多分有名になる』と、夕食の礼にその前掛けを置いてってそれきりじゃ。結末はいつ知れるのかのう全く…」  ぶちぶち言いながら前掛けを元の棚に戻す魔女。その前掛けは今ものすごく価値が上がってるんだろうなぁという感じだが、それよりもちょっとひっかかる事がある。 「そういえば『魔女さんの料理を食べた僕』って、品を持ち出した扱いにはならないの?」  奥の貯蔵庫に保管された食材、それを用いた料理。魔女は訪問の度、必ず僕にごちそうしてくれる。野菜などはよく差し入れるが、持ってこない事も当然ある訳で。 「なんか僕普通に出入りしてるけど?」  ふとした疑問に、魔女は「おお、よくぞ気付いた」と少し驚く。 「裏ルールじゃの」 「裏ルール?」  どうやらそういうのもあるらしい。 「食材はプライスレスじゃ。故に食べればなくなる」 「へぇ、不思議」 「不思議なものか。見てみぃ、この環境」  そう言って指差すのは、あまりにも外界と隔絶された部屋、どうみても食事には向かなそうな調度品、いかにも水気の少なそうな蒐集物達。 「生鮮食品は超がつくほどの希少品。況してやこの部屋に魔法がかけられたのは千年にも届く以前じゃ。現代じゃ普通の鮮度でも、食材に価値などつけようものなら、蒐集物がみんな野菜になってしまう」  素直に感心する。魔術師は、蒐集した品々が自身にとってより価値の高い品でのみ置換されるよう、幾重にも予防線を張り巡らせているのだ。 「まあお陰様で料理を振る舞えるでの。寂しくなくて良いよ」  そしてその維持装置たる魔女が、決して外に出ないように。自殺すらさせまいとする、その妄念。 「…………あの、さ…」 ぐぅぅ…  そのものすごさが感情に届く直前に、僕のお腹がなった。 「……はぁ、なんか食べ物の話してたらお腹空いちゃった」 「はは、坊みたいにチマいのはそうでなくてはいかん」  えへへ、と少し照れながらホッとする。  僕は多分、今、怒ろうとしていた。 「喜べ、今夜はハンバーグじゃ。おこちゃまの坊はそんなん大好きじゃろ?」 「おお、やった。大好き」 「そうじゃろうそうじゃろう。あり余る時間をこれでもかと浪費してクズ肉を包丁だけで粗ミンチにした正統派じゃ。つなぎなし百%肉の暴力を一度知ったらもう他のは食べられんぞい」  今、怒ってもここには魔女しかいないのだから。  僕と魔女のお話は、穏やかなだけで良いのだ。
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