食材の魔女

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「ついに男は城主となった。しかしそれでも、世の中への不平不満は止まぬ」  半人前の魔女は、今日もおとぎ話をとつとつと語る。 「猫は漸く理解した。男はただ、愚痴を言いたいだけじゃった。欲しいのではない。手に入らない自分が不幸であると、ただ喚いていたいだけじゃった。とても浅ましいことじゃ」  非現実的でありながら日常に溶け込んでいる不思議さ。ほんの子供ですらあくびをする奇妙なお話の群れ。 「これがその長靴、とても古いお話じゃ」 「すごいね。本当になんにもしてないや」 「おお坊よ、まさかキチンと聞いとったのか」  黒目がちの目を驚いたように見張る魔女。 「なにさ?なんで?」 「いやいや、ワシの話術もそろそろ一人前じゃの」  そう言って誇らしげに薄い胸を張る。本当に、左側が欠けていなければハロウィンのコスプレにしかみえない容姿である。 「して、嘆きたくてしょうがない坊よ?」  幾分馴れ馴れしくなったその態度もあいまって、同年代にしか思えない。 「別になんにもないよ」 「ふふん?そうかな。どうかの」 「なにさ」 「お父君の事、愚痴っても良いのじゃぞ?」  なんだ。上の空で、どうせ話を聞いていないのだろうと思われていたのか。 「今日はいじわるじゃないかな」 「魔女とはそういうもんじゃ、知らんかったかの」  そんなの、本当になにもないのに。 「さっきの話のまんまだよ。父さんが僕に呆れたってだけさ」  一年間だけ勉強を休ませてくれと頼んだ。小学生の分はとっくに済んでいる。中学は公立に通うつもり。  この部屋がいつまでここにあるのか、魔女も知らないみたいだから。 「チェスがしたいっていったんだ。父さん好きだろって」  それは正直いって目隠し程度の理由ではあったが、多少でも強くなれば父も喜ぶだろうとも考えていた。 『私?まさか。いつものお友達とどうぞ』  だけどそんな稚拙なご機嫌とりはあっさり見透かされたのだ。  そもそも勉強自体も父に強要されていた訳じゃない。家で他にする事がないし、お手伝いさんに言えば参考書はいくらでも買ってくれた。 「僕は、叱られたかったのかな…」 「分かるとも。坊くらいの齢ならば喜怒哀楽に関わらず親の感情を欲しがるもんじゃ」 「子供っぽいよ」 「坊は子供じゃ」 「うん。だからさ、勝手に勉強してたのを、勝手に止めたってだけだよ。父さんは僕に興味がないんだ」 「坊よ、卑屈になるな」  魔女はそう言って、片方しかない腕で僕を抱きしめてくれた。 「自分しか見えてない。浅ましい。当たり前じゃ。それが良い。それで良いのじゃ、坊よ。猫も結局、最後まで一緒じゃったそうじゃぞ」  本当は、魔女さんにもっと会いたいってだけなんだ。  取って付けたついでの理由を『そんな訳ないだろう』って、父に看破されただけ。 「坊はズルくていいんじゃ」 「そうやって僕をダメにするつもりだ」 「そうとも、どうぞ堕落しておくれ。魔女にとっては誉じゃとも。男の子はそうでなくてはいかん」 「そんなの僕、ダメになる」 「なればよい」  理由を誤魔化す僕、感情を誤魔化す僕。  魔女に言われなくても、僕はズルいんだろう。  きっと、結局、こうして欲しかったんだ。 「僕がバラバラだったら良かったんだ。嬰児じゃなく」 「うんうん、そしたらワシとアシュラ男爵ごっこができたのにの」 「諌めてよ…」  この世界で一番新しいおとぎ話は、きっと悲恋の物語なのだろう。 「きっと嬰児とだったら父さんはチェスをしたよ…」 「よしよし、今日はベーコンたっぷりのミネストローネじゃ。温かいのを飲むといい、落ち着くぞ」  魔術師か僕。  どちらかにとっての、悲恋の物語。
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