食材の魔女

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「セミは何故か死なんかった。同朋は絶え、子供達は土の中。雪がちらつく頃、セミはついにアリに助けを求めた」 「アリは断ったんでしょ?」 「ん?何故そう思うんじゃ」 「え、いや、だって夏には散々…」 「坊は浅はかじゃのう」  右手の人差し指をピンと立て、魔女が僕を窘める。 「冬のキチョタン。余所に追いやったりなぞするものか。手厚く保護して、皆して貪った」 「なんかみんなすごいタンパク質とりたがるね」 「食べ残ったのがこのギター。とても古いお話じゃ」 「セミはギター弾かないでしょ」 「あんじゃ?坊の知っとるセミはみんなアカペラか」  見識も心も狭いのう、なんてぶちぶち言いながら、魔女はギターを飾り棚に戻す。 「それ、戻す意味あるの?半日で戻るのに」 「いつもは習慣かの。しかし今日は違う。テーブルを大きく使いたいんじゃ」  首を傾げた僕の前に、魔女はランチョンマットを敷きナイフとフォークを並べる。 「ここに扉が開いて今日で一年じゃ。二人の出会いを祝おうぞっ!ハッピー!」 「おお、へぇ。よく覚えてたね」 「テンッ!ションッ!」  テンッ!ションッ!ともう一度叫んで、すねてしまった魔女を何とか宥めて食事をはじめる。 「そうそう、初めましてが下着替えとる時じゃった。坊にしちゃとんだラッキースケベじゃったろ」  サラダをモシャモシャやりながらニヘッと笑う魔女。 「ローブじゃなければね。おしりどころかつま先すら見えてないよ」 「これ、婦女子に向かって何いっとる。下品じゃろ」 「はい?」  尋ねた僕に、魔女はなぜか顔を真っ赤にする。 「で、でで、臀部の、ホレ、今ゆったじゃろ」 「何そのバランス感覚」  この一年で大分打ち解けたつもりでいたが、知らない事もまだまだあるものである。  魔女は柔らかそうな右頬を膨らませて、少し怒った様に右鼻の穴からふんと息を吐いた。 「ふんっ、もうそんな話はやめよう。今日はなんとイチボのステーキじゃぞ」 「イチボって何?」 「なんじゃ?坊はなんも知らんのう。イチボというのはぁ……その…」  魔女は何故か少し照れて、僕の耳元に顔を近付ける。 「お、お……ごほん…」 「お?」 「おしりじゃ」  容易い事だ。僕は魔女を、かわいいと思ってしまう。
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