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カメラのシャッターを押す、その延長線上に、呼吸があるのか。または、呼吸をするそのリズムの中で、指を躍らせてシャッターを押しているのか、偶に分からなくなる。
シャッターを押すごとに、連動したストロボが、ぱっと花火のように白い光を放ち、辺りを真っ白な世界に一瞬浚い、また現実を置き去りにする。一回一回、コマ割り動画のように、余韻を残さずに消えていく強い光と、ファインダーの中でポージングを変えていくモデル。細切れに繋がっていく小さな世界を辿りながら、俺は休むことなくシャッターを切っていく。切り張りした世界を繋ぎ合わせながら、言い渡された世界観とどこかの一コマが、繋がる瞬間をただひたすら黙々と探していく。
「ありがとう、ちょっと確認するね」
俺がカメラから顔を上げると、皆が一斉に忘れていた呼吸を取り戻すかのように、息を吐くのが分かった。俺はその空気に毎回、申し訳ないような居心地悪さを感じながら、カメラと繋がっているノートパソコンへと足を向けた。
「良い感じですよ、これと……これとか!」
先にパソコンを覗いていた雑誌編集者の男が、嬉しそうに画面を指さした。俺も一緒になって覗き込み、無心で撮り続けた約二百枚に目を通す。
いいなと思う写真は、流し目で見ていても、直感的に浮かび上がってくるものだ。俺は男の言葉に相槌を合わせながら、画像を全て確認すると、少し考える。
いいと思う写真は取れたかもしれないけれど、思っていた世界と、しっくりつながった感じはしない。
「うーん、……すみません。もう一回撮らせてください」
主張し輝く一枚が見つけられない事を一瞬無視しよかと思いつつ、気付けば男へと頭を下げる自分に何となくがっかりする。がっかりしながら、これでいいとも納得している。
こういう時、いつも汐が言う「悪意なき善人」という言葉を思い出す。汐は俺のことを「行き過ぎたお人好しの頑固者」と称する。不名誉な称号だが、汐はそんな俺を好きだという。
そういう俺が、だいぶ好き、と。
「あー……」
彼は言葉を濁しながら、スーツの袖から覗く腕時計を確認する。俺は渋られるだろうな、と思いつつも、そこをなんとかともう再度頭を下げた。
「俺ももう少しだけお願いしたいです」
振り返ると、先程までファインダーの中に居たモデルが、その小さな籠を飛び出して、俺の背後まで迫っていた。彼は手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを勢いよく半分飲み干すと、
「お願いします」
と頭を下げて来た。
小さな頭のつむじが見えるくらい、深々と下げられた頭に、男は「もぉ」と諦めのような嘆きのような声を上げると、渋々だが了承してくれた。
「十五分でお願いします」
念を押すように三回言われて、俺はありがとう、とモデルの彼に手を合わせる。彼は人当たりの良さそうな笑みを優しく浮かべて首を横に振った。
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