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 ヒョウは時間ぴったりに、チャイムを鳴らした。 「お邪魔します」  時間が経って、一旦冷静になったのか。何故今自分がここに居るのだろうというような戸惑いの整理をできないまま、ヒョウは言葉を固くさせて、手土産だというお菓子を差し出してくる。俺は彼の表情を伺いながら、それもそうだよな、と改めて初対面を家に招くという、ある種の奇行に反省した。  けれど、ただあの時は、この流れが自然に感じられたのだ。 「急な誘いなのに、ありがとう」  手土産を有り難く頂戴しながら頭を下げ、スリッパを勧めて、身を固くしている彼を部屋の中へと案内する。  スタジオではあんなにも堂々と周りを飲み込むようなオーラを振り撒いていたのに、今ではできるだけ目立たないようにと、俺の背後で自身を小さく見せようとしているのが、何となく分かった。 「本当に良かったんですか?」  念を押すように、低い声で聴いてくるので、勿論、と振り返って頷いて、俺は笑って見せた。 「寛いで、とは言っても、緊張するかもだけど歓迎してるからさ」  そう言葉を続けながらリビングと通路を仕切る扉を開く。すると、ふわりとクリームの温かい香りが柔しく顔に当たった。良い匂いだ。 「わ、でか……!」  それとほぼ同時に足元を何かがすり抜けて、ヒョウの感嘆の声が聞こえたので振り返ると、ヒュミが彼の足元に、大きな身体で纏わりついていた。人懐こい上に好奇心旺盛のヒュミは、毛のしっかり生えた長めの尻尾を左右に振りながら、ヒョウという人を観察するように、匂いを嗅いでいる。 「警戒されてます? 俺」 「違うよ、ただ初めての人だから、興味津々なだけ。穏やかな子だから、大丈夫」  そう声をかけると、ヒュミの行動に困惑して固まっていたヒョウはしゃがみ込み、まずは片手で身体を撫でて、それから彼の顔を優しく両手で包んで、撫でまわす。ヒュミを撫でるたびに彼の表情が、柔らかいものになっていくのを感じた。  俺は一旦自室に引っ込むと、プライベート用に愛用しているカメラを持って、リビングへと戻った。カメラのレンズに被せているキャップを取り、スイッチを入れて、設定を今の光と合わせて調光する。  今の彼はスタジオから遠く、心も体も切り離された、彼自身個体のような気がする。きっと、「撮影」とは違う、彼が撮れる。そんな気がして、心が浮き立っていた。カメラマンとして、というよりも「カメラが好きな一人の人間」として、心が躍るように揺れているのを感じる。  リビングに戻ると、ソファにヒョウと汐が並んで座っていた。俺はその後ろ姿を一枚だけ切り取る。すぐに小さなモニター画面に映し出された後姿の二人に、思わず口元が綻び、二、三枚立て続けにシャッターを切る。  シチューのクリームの温かい心地が、二人の気配に紛れている気がした。
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