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「ヒュミはね、今五歳で男の子。人が好きで、あそこにあるくまのぬいぐるみがお気に入りなんだ」
「へえ……、五歳だったら若い?」
「そうだね、まだやんちゃ盛りかも」
密やかに会話をする二人は、自然と波長が合うのだろう。二人でヒュミを撫でながら、彼についての話に花を咲かせている。
「俺も混ぜて欲しいな」
背後からそう声をかけると、楽しそうに汐が振り返った。
「ご飯食べながらね」
汐はそう言い立ち上がると、食卓の準備に取り掛かる。その際、写真撮ってて、という眼差しを返されて、流石だなあと心底感服してしまった。きっと、俺がカメラを持って浮かれているのが分かったのだろう。
「ヒュミって、大人しくていい子ですね」
「ああ、賢くてとてもいい子だよ」
思わず自分の子どもを褒められたような気になって、得意気に告げると「親ばかみたい」と笑われてしまった。
俺はシャッターを何枚か切る。シャッター音に、ヒュミの耳が微かに動いた。
「ヒュミってどういう意味なんですか?」
「フィンランド語で、笑顔」
彼は少しだけ驚いたような顔をしてから、フィンランドかぁ、と何か感慨深いような声で呟く。何かを懐古するような眼差しをヒュミに向けながら、優しい眼差しで彼を撫でる。ヒュミは何度か撫でられると、するりとヒョウの手をすり抜けて、汐の元へと静かに歩いて行った。
「あーあ、逃げられちゃった」
「ヒュミは汐のボディーガードなんだ」
そう言うとヒョウは小さく笑って「確かに」と頷いた。
「そんな感じします」
そう呟きながらヒュミの背中を追いかけるような温かい眼差しの彼を、一枚カメラの中に収める。
「温人さん」
ヒュミと入れ替わるように、不意に呼ばれて振り返ると、ふらふらとした足取りで、台所から抜けてくる汐が、瞼を擦っていた。ダイニングテーブルに手をついて、今にも閉じてしまいそうな瞼を必死にこらえている。
一瞬、ひくりとカメラを支える人差し指が震えるのを感じた。
不謹慎でありながら、必死に睡魔に抗う汐が健気で愛らしいものに感じてしまうことをやめられない。俺はそんな自分を叱咤するように、強制的にカメラをソファに置いて自分の身から離すと、彼に駆け寄った。
睡魔に抗う汐は、どこもかしこもふわふわとして温かい。
「ごめんなさい、眠い」
「だからヒュミが反応したんだね、大丈夫だよ」
俺は汐の身体を支えながら、寝室へと誘導する。目の端に戸惑っているヒョウが見えて、
「少し待ってて」
と告げると、彼はなす術もないというように頷いた。
部屋を出て寝室に入ると、電気も付けないままベッドにその身体を預ける。汐は身じろぐようにしながら布団の中に潜り込んだ。
「ごめんなさい、夜にこんなのあんま無いんだけど……」
声が咽喉に籠っている。もう少しで汐が眠ってしまう。俺はそれが何となく心細くて、彼の白く滑かな額を撫でてから、薄い唇に口づけた。応えるように啄んでくれる汐の唇が、心底愛おしい。頬に触れれば、少し温くなった体温が、微温湯のように漂っている。
「起きたら顔出すから、先に食べてて」
そう言われて意識を手放す寸前の、汐の唇を食べる。聞き分けの悪い子どもをあやすように、汐の小さな舌が、俺の唇を撫でて、すぐに引っ込んでしまった。
「おやすみ、汐」
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