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01
キッチンにある小窓から降り注ぐ朝日が、窓の外に咲いている、ミモザの影を象り、床で波のように揺れている。
「おはよう、ヒュミ」
肌寒さも薄らいだ春の入り口で、俺がそう声をかけると、柔らかくあたたかな薄いキャメル色の毛並みをした、ゴールデンレトリーバーのヒュミが、鼻先を高く上げた。
正しい形で「おすわり」をしながら、大きな尻尾を左右にゆったりと振る。
「汐、寝たのかな」
大きな彼の背後で蹲る人影に目をやれば、台所の隅で丸くなって眠っている汐を見つけた。俺はまだ冬の残っていそうな、冷たいフローリングを素足で進みながら、ヒュミの隣に腰を下ろすと、静かに寝息を立てている彼を覗き込んだ。
日向が苦手そうな陶磁器のような白い肌に、細く小さな体躯。眠りについているふっくらとした薄い瞼の盛り上がりは、彼の大きな双眸を主張しているようだ。俺は額を覆う長く黒い前髪をさらさらと撫でてから、
「ヒュミ、運ぶからちょっとごめんな」
と、汐の相棒である愛犬に断りを入れ、蹲る彼を抱き上げる。背を右腕で抱き、左腕を膝裏に通し、できる限り揺らさないようにと、そぉっと胸に抱き上げる。
汐に起きる気配はない。
まるで、今が深夜であるかのように、ぐっすりと深い呼吸を繰り返しながら、眠っている。
リビングを出て寝室に運ぶと、俺と汐の体温がまだたっぷりと残っているダブルベッドへ下ろした。昨日洗ったばかりの柔軟剤の香りがほんのりと漂う布団を、顎まで引き寄せて、俺はベッドのそばに膝をついて、寝顔を堂々と盗み眺める。
汐は人よりもよく眠る。
それは時も場所も、時に汐の意思さえも選ばない。
そっと額を撫でて、そのさらさらとした皮膚に唇を押し付けると、彼の温かい体温が、唇の薄い皮膚を通して、俺の中に流れ込んできた。
「おやすみ、汐」
枕元のブラインドを下げて、たっぷりと雪崩れ込んでくる白い朝陽を遮断する。青灰色に薄暗くなった部屋の中、物の影が濃く床や壁に映えていた。物音を立てないようにゆっくりとした動作で立ち上がると、俺は部屋を後にし、朝食を作りにキッチンへと戻った。
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