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27-13(夏樹視点)
18時半。
お義父さんの家で過ごしながら、黒崎の帰りを待っている。羽音さんと一緒に帰宅した後、玄関のウサギ君を紹介した。ずいぶんと凛々しい子だねと感心された。
夜になると、ライトの位置が影響して”いかついウサギ"になることを話すと、写真を撮っていないの?と聞かれて、その場で見せた。俺は普段通りにしているつもりだったが、沈んだ顔をしていたようで、羽音さんから、”僕がお守りをしてあげるから大丈夫だね”と、優しい笑顔で茶化された。
実は黒崎から一緒に待ってやってくれないか?と頼まれていたそうだ。その前から気になっていたから、強引に大学まで来たのが真相だった。それほど、自分の様子がおかしかったのだろうか?俺はまだ危なっかしい面があり、年上の人がそばについていないといけないそうだ。
ガタガタ……。ガタン!
ここはリビングだ。人は環境によって変わる。顔つきまで。別の意味になるだろうが、それを実感しているところだ。すでに20歳を超えた人たちが、わいわいがやがやと騒いでいる状況の中にいる。
羽音さんはキッチンにいる。みんなのおやつを作ってくれている。晩御飯が喉を通りそうにもそうもないからだ。一貴さんが手伝いに行った。衣装提供の件で、すでに顔見知りだった。一番賑やかなのは、二葉と朝陽だ。理久に納品する牛乳パックを乾かしているところだ。
「だから、こっちは乾かしていない分だってばーー。外で乾かそうよーー」
「これで水滴を拭きとればいい。明後日が納品なら、間に合わないぞ?明日の天気が良くても、何か予定が入るかもしれないだろ?社長の予定が詰まっている。今のうちに……」
「かたいことを言うなよ。いつから石頭になったんだーー?そう深く考えるな!」
「はああーー?どこが固いって?お姉ちゃんがグダグダしすぎだよ。昔の人はどこに行ったんだーー?」
「お兄ちゃんって呼べよ!2度も言わせるなって」
「今さら呼び方を変えたくない。面倒くさい」
「他の人が聞いたら混乱する。気も遣う……」
「そうだな。分かった。お兄ちゃん」
「へっへー。ありがとう。……いた!」
「お兄ちゃんだからいいだろ?女には遠慮する」
「きいいいいーー」
割りばしとキッチンペーパーを牛乳の空パックの中に突っ込んで水滴を拭き取りながら、コツコツと堅実に作業を進めているのが朝陽だ。一方で、パックを日向に出しておけばいいと、大雑把に言ったのが二葉だ。
いつから性格が逆になったのだろう?まるでカインとアベルが入れ替わったかのようだ。この後で、ストレートに質問しよう。人間関係ができているからだ。
ここに到着した直後、朝陽からメールの件で謝り倒された。これから何か手伝いを続けるから、いつか許してもらいたいと言われた。とっくに許しているし、俺の方も悪いことを言ったから、偉そうにはできない。
こういうことがあった。二葉と朝陽、ママと黒崎との5人で食事をしていた時、何かの会話の流れで、それがどうした?と、黒崎に言い返したことがあった。お互いに笑ってジャレていた。
その時、朝陽は自分に向けられた言葉のように感じてしまった。本人が言うには、勝手にショックを受けて、俺に対する変な態度の入り口だったと分かった。朝陽すら、漠然とした記憶しかないのだが。他にも大勢に向けてきたからだと言った。
たしかに、その手前で朝陽の話題が出ていた。二葉も本当に覚えていなくて、お前の考えすぎだと怒っていた。でも、朝陽が素直に謝るから怒りの矛先がなくて、牛乳パックのことで言い返している状況だ。
(仲がいいってことだよ。やっと夏樹って呼んでもらえた……)
これから、朝陽には名前を呼び捨てにしてもらう。ちょうどいいことに、朝陽は誰のことも呼び捨てにしたことがなくて、緊張しながら何度か呼んでくれた。簡単じゃないからよかった。朝陽も苦笑して納得した。
「おーーい。2人とも。いつから、カインとアベル役が入れ替わったんだよ?」
「うーーん。いつだろうなあ?朝陽は覚えているか?」
「……何のことだよ?」
「エデンから追い出された兄弟の話。聖書にあるやつ。乱暴者の兄貴がカイン。おとなしい方がアベルだ」
「お兄ちゃんは乱暴者じゃない。俺も違う。追い出されてなんかいない。自分達の意思で出てきたんだ……」
「ああ、朝陽が泣いたー。濡れた顔なら拭いてやる……」
二葉が朝陽の涙を拭いてあげた。最初は右手でティッシュを持って。でも、朝陽の両目から新しい涙がこぼれるものだから、二葉が疲れたと言い出した。
今度は左手に持ち替えて、朝陽が首を振っても顔を拭き続けた。そして、何枚もの真っ白なティッシュが、涙によって色が変わり続けた。
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