17-23

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17-23

 晴海さんがお義父さんと二葉のことを仲裁すると、今度は別の件で言い合いを始めた。親子の会話が成り立っている。それを口にしないのは、俺達の暗黙のルールだ。  「二葉君。もうやめておけ。お爺さんには優しくしたまえ」 「……嫌味を言うからだよ。金曜日、眼鏡をかけたままで眼鏡を探したくせに」 「……そういう事しか言えないのか。泣いているのを見たことがある。早瀬君から指摘されるのは、喜ぶべきことだ」 「分かっています。その後は出来ました」 「全く成っていない。もう一年経った。さすがに……」 「会社を乗っ取るからな!」 「やってみろ。到底無理だ。次の会合に出させる。R&W社だ」 「はい、出ます……」 「威勢のないことだ。私も出る。恥をかいたところを見てやる」 「来るなって……」 「圭一はできたぞ。挨拶程度はやっておけ」 「親父、それ以上は言うな」 「……」 「はい。静かにするよ……」   黒崎が眉間に皺を寄せて止めた。声を荒げなくても静まり返ったから、晴海さんが笑った。お前の顔が怖いからだと言いながら。  一貴さんが墓前で膝を折り、手を合わせた。子供の頃、黒崎家の集まりに参加した時、こんなお兄ちゃんがいたらいいなと思ったことがあったそうだ。それだけ遠い存在だった事を実感した。  それにしても騒がしい。もう放置すると決めた。黒崎から促されて墓前へ行き、白い花を供えた。そして、心の中で話しかけた。”圭一さんと一緒に働くことが叶わなかった分まで、俺が踏ん張って見せます”と。 「夏樹君。歌ってくれ」 「はい!いきます。ああーー、ああーーー」  毎年恒例のソロで歌う準備をした。簡単に発声練習をすると、風に乗って声が響き渡った。今日は喉の調子がいい。そして、やっと静まり返った墓前で歌声をあげた。黒崎の大好きな楽曲、”心のドア”を選んだ。 「……遠く離れていても、近くても……想っている……、あなたが心のドアを開けた……夢の中では笑っている……だから泣かないで……あなたのままでいてーー。心のドアをあけてーーー、……ええ?……ちょっと!」  歌い終えて拍手が起きた後、また2人が言い合いを始めた。最後のシメとして、歌手の声量で叱りつけた。ドスの利いた声で、”さっさと乗らないと置いて行くぞ”と。まるでお母さんになった気分だ。  和やかな雰囲気で駐車場へ向かう間、すっきりした匂いが鼻をくすぐった。周りの木々からのものだ。昨日とは大きな違いの場所を歩いていても、右隣には黒崎が歩いている。  今日はこれから真っ直ぐ家に帰り、思う存分、イチャつくことにした。黒崎の優しい笑顔に降参したからだった。来年も騒がしいだろうか。そうなると良いなと思いながら、みんなで帰路についた。
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