1大きな後輩と小さな先輩(前編)

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1大きな後輩と小さな先輩(前編)

 今日も通学のために満員電車に乗っている。160ぽっちしかない僕にはしんどい事この上ない。ぎゅうぎゅうに押しつぶされて、知らないサラリーマンの背広に顔が埋まって息苦しい。なんとか顔だけ背け、呼吸を整える。  急に腕を掴まれて後ろに引かれた。驚きすぎて声も出ない。倒れて人の波に沈んで踏まれまくる未来を一瞬のうちに頭で描くが、そうはならなかった。  僕の背中にひんやりとした硬い感触。 「大丈夫ですか? キツそうだったので。無理に引っ張ってすみません」  上から降ってくる声に首を反らして目を向ける。僕の顔より少し高い位置で肘から掌をドアに付き、こちらを心配そうに見下ろしている圧倒的なイケメン。密着しているが、僕が彼から押し潰されていることはない。彼が人の圧を背中で受け止めていて、僕は初めて満員電車で普通に立っていられた。 「すみません、ありがとうございます。助かりました」  小さく頭を下げると、くすり、と笑われる。 「敬語なんてやめてください、先輩」  先輩と言われて首を傾けるが、ちょうど目線の高さにある彼のネクタイで、ああ、と納得いった。  僕は高校2年生になったばかりだから、親しい後輩なんていない。もちろん目の前にいる彼の事も知らない。でも、学年別でネクタイの色が違う。僕は赤。彼は1年生のつけている緑。同じ制服で色の違うネクタイだから僕を先輩なんて呼んだのだろう。  それにしても大きいな。後ろからの圧に耐えているから、少し前屈みになって腕をドアに付いているのに、真上を向かないと顔が見えない。普通の人よりもだいぶ大きい。  降りる駅に着き、僕の腕を掴みながら彼は人の波を掻き分ける。 「ありがとう。いつも降りるのも大変だから、また助けられちゃった」  まっすぐ立つとさらに大きい。ずっと顔を見てたら首が痛くなりそうだ。 「良かったです。俺、この時間にこの車両に乗ってるので、また先輩のこと警護しますよ」  切れ長の目が細められる。笑った顔が爽やかで、思わず頬が綻んだ。 「僕は前田暁人。またこの時間になったらよろしくね」 「俺は吉良渉です。先輩はいつも別の時間に乗ってるって事ですか?」 「うん、いつもは一本早いのに乗ってるよ。今日はちょっと寝坊しちゃって。でも、吉良君がいるなら、明日からこの時間にしようかな」 「大丈夫です、先輩の事は俺が守ります」 「ううん、それだけじゃないよ。吉良君ともっと仲良くなりたいから」  吉良君は目を丸くして固まった。僕、何か変な事言ったかな? 「先輩って可愛いって言われません?」 「僕? 言われないよ」  こんな並の顔でそんな事言われるわけがない。 「なんか、子犬みたいで思いっきり頭撫で回したくなりました」 「小さいって言いたいの?」  頬をぷくっと膨らます。吉良君の長い指につつかれた。  そりゃ僕は160しかないけど。これから伸びるかもしれないもん。まだ成長痛を諦めていない。 「小柄だからってわけじゃなく、可愛い? 癒される? なんかそんな感じです」 「よく分かんないけど、褒められてる?」 「もちろん!」 「ならいいけど。吉良君はかっこいいよね。背もすごく高くて」 「ありがとうございます。両親もでかいので遺伝ですかね?」 「吉良君は何センチあるの」 「190です」 「僕と30センチも違う。羨ましい」  しゃべりながらだとあっという間に学校に着いた。 「先輩、また明日」 「うん、また明日」  手を振って靴箱で別れた。
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